虫刺されの功名

 軍を出てから数日。
 俺はまだ履歴書を書くのも面接に行くのもいやで、1日中ブラブラして過ごしていた。
 でも、そろそろやらなきゃ、と求人サイトを見てはため息をつく。
 ちゃんとした服も用意しなきゃいけない。
 ちゃんとした服ってなんだ?
 記憶喪失になったように、外の世界のことを忘れている。
 そんな時に、先輩に再会した。
 あのぽよぽよ頭目がけて走り出した俺に、先輩は背を向けて逃げ出した。
 俺は負けじと走り続けて、袋小路に追い詰めて、タックルした。
 そしてやっと捕まえた先輩はひとこと。

「なんで?」

 なんでってなんで? 会いたくなかった? なんで逃げた?
 頭の中が???になった俺は、咄嗟に答えてしまった。

「運命です」

 その時の先輩といったら、呆れたような、珍しい動物を見るような顔をしていた。

「運命です……キリっ」
 それ以来、先輩は俺の真似をする。
「かっこよかったなぁ、ジュノヤ。きゃははは」
 俺達は、今、チェーン店のカフェでテーブルを挟んで向かい合っている。
 再会してから数日経った。
 先輩はバイトしているようだけど、何やってるんだか教えてくれない。
 でもこうして、昼間っから二人でだらだらしている。
「やめてくださいよ、もう」
 俺は、先輩のからかいを躱して言う。
「それより、大事な話があるんです。俺は……」
 再会できたら言おうと思っていた。
 あなたが好きです、と。
 先輩が除隊してから、気がついた。俺はこの人がこんなにも好きで、一緒にいたいということに。
 だから……。
「ストップ」
 先輩は俺の告白を遮った。
 勘づいていて、言わせないためだろうか。
 俺はそれでも言おうと息を吸い込むと、先輩は店の外の電柱を指差した。
「アレ見ろ、アレ」
「え?」
 俺もその電柱に注目した。
 そこには、張り紙がしてあった。

”猫を探しています”

「雑種。ベージュのふわふわ猫。名前はチャイちゃん。見つけてくれた方には謝礼として、500万ウォン差し上げます」
「500万ウォンだ! しばらくバイトしなくていいぞ」
 先輩はガッツポーズをする。
「えっ? 探すってことですか?」
「そうだ、行くぞ!」
 先輩は立ち上がってコーヒーカップを片付けて店を出ていく。
 俺は慌ててその後を追いかけた。

 それから、猫探しが始まった。

 飼い主の家のまわりから捜索は始まった。
 餌を手に、あたりの茂みや路地裏を回る。
 他の猫はいたが、ベージュのふわふわの猫はいなかった。
 もちろん1日では見つかることはなかった。
 3日目になって、半ば諦めながらもっと遠くまで足を伸ばしてみたら、似た猫が駐車場の車の下にいるのを見つけた。
 それを捕まえるのはまた大騒動だった。
 追いかけっこして、高いところに登ってしまった猫を下ろすのに苦労した。
 結局は、餌で釣って、おびきよせたところを後ろから捕まえた。
「チャイちゃんだ、間違いない」
 写真と見比べて、俺たちは肯いた。
 こうしたわけで、俺たちは飼い主の泣きながらの感謝と、謝礼500万ウォンを手に入れた。
「ジュノヤ、これだ」
「何ですか?」
「俺たちの生きる道だ」
 先輩が、俺に顔を近づけて言った。
 つまり、二人で便利屋をやろうってことだった。
 俺は、二つ返事で快諾した。なぜなら、仕事を探すのは本当に嫌だったし、これからも先輩と一緒にいられるということだからだ。

 というわけで俺達は、500万ウォンの金で、アパートの一室を借りて簡素な事務所を整えた。そしてビラを作り、あちこちに貼ったり、通行人に配ったりした。
 しかしまぁ世の中そんなにうまく行くわけがない。
 依頼は一向に来ず、俺たちは暇に明け暮れた。
 ソファに横並びに座った俺たちは、開くことのないドアを見つめて会話をする。
「ジュノヤ、駅前にビラ配りに行くか?」
「あれ、効果あるんですかね」
「他になんかあるかぁ?まずは存在を知ってもらわなきゃならないんだぞ」
「うーん……」
 俺は考えるふりをして、違うことを思い出した。
「あ、そうだ」
「何だ?」
「俺、大事な話があるっていいましたよね」
 横にいる先輩に顔を向けて向き直る。
「あ、あぁ」
 先輩がきゅっと緊張した面持ちになった時、ドアが開いた。
「あのー、こちら便利屋さんの事務所で合ってますか?」
 年配の女性がそっと覗き込む。
 初めての客だった。
 俺たちは飛び上がって、彼女を部屋に招き入れた。
 依頼内容は、庭に出来たスズメバチの巣の駆除だった。
 俺はインターネットで駆除方法を調べ、先輩は必要な道具を買い揃えてきた。
 翌日の朝、駆除作業を行ったが、それはそれは大変だった。なんとか駆除出来て、報酬ももらえたが、俺たちは疲れ切って事務所に戻ったのだった。
「あー疲れたぁー」
 先輩は部屋に入るなり、ばたっとソファにうつぶせに倒れ込んだ。
 半袖のTシャツを着ていた先輩の腕に赤い痕が見えて、俺は指摘する。
「先輩、刺されてますよ」
「えっ」
「ほら、ここ。あっ、こっちも」
 腕のみならず、Tシャツの裾がまくれて露出している腰にも赤くなっているところがある。
「ここも」
「あんっ」
 触ったら、先輩が高い声を出したのでびっくりした。
 高くて、掠れてて、エロい声。
「わ! 変な声出ちまっただろ! 今のナシ! ナシ!」
 先輩は慌てて誤魔化そうとする。
 俺は、先輩の背中に乗っかるようにソファに乗り上げた。
「先輩、俺がいつも何言おうとしてるか、知ってますよね?」
「えっ」
 逃げられない姿勢で、追い詰める。
「それは……そんなの、おまえがどんな目で俺を見てるか、わかるに決まってるだろ!」
「じゃあ良かった。話が早い。俺は、先輩が好きです。先輩は? 俺のことどう思ってますか?」
 先輩の耳は真っ赤になっていた。
 うぅ~、と呻いてソファにしがみつく。
「どう思うも何も! おまえはかわいいよ! かわいくてしょうがない奴だよ!」
「つまり?」
「好きってことだ!」
 ヤケクソのように言って、先輩は足をジタバタさせた。
「暑い! どけ!」
「だめ、離しません」
 俺は厚かましくも、そう答えた。
「さっきみたいな声、もう一度聞かせてください」
 耳元で囁く。
「何言って、わ、おい、どこ触って……!」
「先輩がいやならしません」
 すると、先輩は真っ赤な顔でぼそりと答えた。
「いや……じゃない」
 小さな声が聞こえた瞬間、俺も頭がぼっと熱くなって、きっと真っ赤になっている。
「先輩っ!」
 俺はがばっと先輩に抱きついて、しばらくじっとその感動を味わった後、てきぱきと服を脱がせ始めた。先輩の全裸は何度も見たことがある。でも、こんないやらしい気持ちで見るのは初めてだ。
「勃ってる…」
 先輩のちんこはちょっと首をもたげるくらいになっていた。
「うっ、うるせー!おまえが変な触り方するからだろ!」
 涙目で言い返す先輩がかわいくて、色っぽくて、俺のちんこは完勃ちだった。
 俺は我慢できずに、先輩のちんこをぎゅっと握ると、先輩はびくっと体を揺らした。
「ちょっ、もうちょっと、やさしく……」
「やさしくします」
 俺は半分自分にも言い聞かせながら、先輩のをゆっくり扱きながら、自分のも反対の手で扱き始めた。
「あっ……あぁっ……やばっ……なにこれっ……あっ」
 先輩は最初両手のやり場がなくてあわあわ宙に浮かせていたけれど、途中で俺の腕を掴んで支えにした。ぎゅって力を入れて掴まれるときが気持ち良いときなんだと気づいて、俺もたまらなくなった。
「はぁ、はぁ、せんぱい……っ」
「あっ、ジュノや、ぁ……っ」
 びゅっと急に先輩は急に射精した。
 俺はその瞬間の先輩の顔をガン見しながら、自分のちんこを高速で扱いた。
 そして無事射精した。
「………………はぁ」
 放心状態になった後、どちらともなくため息をついた。
「やっちまった」
 先輩は頭を抱えた。
「こうなっちゃまずいって思ってたのに」
「えぇっ、そんなこと思ってたんですか!? なんで!!」
 俺が畳み掛けるように聞くと、先輩はティッシュでまわりを片付け始めながら答えた。ご丁寧に消臭スプレーまで噴射する。
「あったりまえだろ。どう考えてもだよ!」
「俺は、先輩と早く恋人同士になりたかったのに……」
「おまえはほんっとまっすぐだなぁ」
「後悔してますか?」
 すると、服を着終わってから先輩は俺に近づいてきて、ちゅっと唇にくちづけた。
「するわけないだろ! こんなに嬉しいのに!」
「!!!」
 俺はさらに先輩を抱きしめようとすると、「早く服を着ろ」と言われ、服を身に着けた。
 そこへノックの音が響いて、俺達はぎくりと固まる。

「あのー、猫探してくれるって聞いたんですけど……」

 新しい客が入ってきた。
 俺達の輝かしくて泥臭い未来の始まりだった。

おしまい

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