「あっ」
朝の支度をしているハン理事をドレッシングルームの外で待機していると、中から短い声が聞こえてきた。
何かあったか!?と一瞬身構え、ドアを開けようとしたが、中から「あー、いい、大丈夫だ」と言われたので、姿勢を戻した。しばらくして、ハン理事がバスローブ姿のまま、リビングにやって来た。
(…………?)
何か、おかしい。
待機していた私以外の数人も同じことを思ったのか、固まっている。
今朝のハン理事は機嫌悪そうな顔をしている。しかしそんなことはよくあることだ。
問題はそこじゃない。何か、いつもと違うことが……。
(…………あ!)
気がついた。
口ひげがないのだ。
さっきの「あっ」はきっとうっかり剃り落としてしまったときの声なんだろう。
口ひげのないハン理事は、なんというかいつもより、……かわいい。いや、美しい。
思わず見とれてしまう。
しかし数秒たって、はっとまわりを見ると、他の同僚たちもハン理事に見とれていた。
一身に熱っぽい視線を浴びて、ハン理事はますます不機嫌に眉根を寄せた。
「今日の予定は全部やめる!キャンセルだ!」
いきなり大声で宣言した。
どうやら我々の視線が不愉快だったらしい。
突然のわがままは今に始まったことではないので、我々は今日の会合などのキャンセルに急いだ。その間にハン理事はベッドルームに戻って行った。
ハン理事がベッドルームに籠もったまま、昼過ぎになってしまった。
今日はもう出てこないつもりかもしれない。
しかし食事くらいはしてもらわないと、と思い、ドアをノックした。
「入れ」
「失礼します」
「……おまえか」
ハン理事は文字通りベッドの上で毛布にくるまっていた。
子供みたいでかわいらしい方だ。思わず目を細めてしまう。
「ハン理事、お食事はいかがなさいますか?」
「いらない」
「でも少しは召し上がったほうが」
「それより、こっちへ来い」
そう言われて、私は後ろ手でドアを締め、ベッドの近くまで歩み寄った。
毛布から首だけ出したハン理事は、私を見上げて言う。
「今日は一日おまえと遊ぶことにした」
「はぁ」
「今日はおまえの好きにしていい」
「好きに……とは?」
ハン理事の言う遊びが、ゲームなどでないことはわかっている。
何度か夜通しセックスをしている。
私が、ハン理事からの寵愛を受けていると陰口を叩く同僚がいることも知っている。
確かに私は以前からハン理事をお慕いしていたし、抱かせていただいてからはもっと気持ちが高まっている。だからといって公私混同はしていないので、他人から文句を言われる筋合いはない。
今だってそうだ。ハン理事から求められているときに断る理由などない。
それも、好きにしていい、だと。
「言葉通りだ、おまえのやりたいことをしてくれ」
少し自暴自棄になられているようだ。
たかがヒゲくらいで……と思うが、今日はそういう気分になってしまったのだろう。
それにしても、ヒゲのない、つるつるのハン理事の顔は、ひと回り若く見える。整った目鼻立ちは彫刻のようで、冷たく、しかし人を魅了する。
「それでは」
私は身をかがめて、ハン理事にぐっと顔を近づけた。
好きにしろと言われて、まず思い浮かんだのは、くちづけだった。
両頬を両手ですくい上げて、唇を触れ合わせる。
ハン理事は一瞬体を硬直させたが、すぐに力を抜いて、されるがままになった。
私はなんどか薄い唇をついばみ、舌でなぞってから、口の中を探る。幼い頃矯正されたであろうきれいな歯列を舐め、上顎の裏を舌先で触れる。
「ん……っ」
ハン理事は鼻の奥から甘い声を出した。ここが感じるらしいので、たっぷり時間をかけて舌先でくすぐった。ぞくぞくと背筋を震わせたハン理事は耐えかねたように自らの舌で、私の舌を絡め取ってきた。そこで私は舌同士をやさしく擦り合わせ始めた。ねっとりと絡み合ううちに、ハン理事は毛布から出て、私の首に腕をまわしていた。朝のバスローブ姿のままだ。めまいがするほど官能的な姿に、私は少し呼吸困難になって、一度唇を離した。
「ふふ、おまえはキスが好きだな」
その好きにハン理事が呟いた。
「はい」
私は素直に呟いて、続きを求めた。今度は頬の裏側の柔らかい肉を、かきまわすように味わう。ハン理事とするくちづけが好きなのだ。まるで恋人のような気分になれるから。
さんざん口の中を蹂躙して、私はようやくハン理事を解放した。
「おまえの、淡白そうな顔のくせに、意外にしつっこいところ、いいな」
ハン理事はくちづけの感触を反芻するかのように言う。
私は恥ずかしくなって、そのままの勢いで、ハン理事の首の付け根に噛みついた。
「お?」
もちろん甘噛みだ。力加減はするが、これも私の「やりたいこと」だった。
バスローブを脱がせながら、肩や腕に噛みついた。
「ははは、まるで大型犬だ」
ハン理事はされるがままになって喜んだ。
薄く白い肌に歯型のつく様が、私を高揚させた。このきれいな身体に痕を残してみたいとずっと思っていた。胸のあたりや、脇腹にも噛みついて、すぐに消える歯型を残した。
「いいぞ、それから?」
それから?
私は一瞬動揺した。
ハン理事の機嫌は、もうだいぶ直っている。
私とのプレイを楽しむ方向に舵を切っているようだ。
次に何をされるか、ワクワクして待っている。
しかし、私はそれほどアブノーマルな嗜好ではない。普通に理事を抱ければ満足だ。
でもハン理事はもっと刺激的なプレイを期待している。
困った。どうしたものか。(ここまで0.5秒)
その時、かつてつきあっていた女性に提案されたが説明を聞いただけで却下したプレイを思い出した。
自分でやったことはないが……あれなら……。
「道具を、用意してきてもよろしいですか?」
「道具? 道具がいるのか? もちろん、取ってこい。必要なら経費で落としていいぞ!」
完全に期待値が上昇しているハン理事をおいて、私は部屋を出た。
数分後。
用意してきたのはロープと医療用ガーゼだった。
ローションはこのベッドルームにある。
「本当によろしいですか?」
「好きにしていい、と言っただろ」
「では、失礼します」
私はロープでハン理事の右の手首と右の太ももを、左の手首と左の太ももをそれぞれ縛った。
「本格的だな……!」
嬉しそうにハン理事が呟く。おそらく激しいプレイを想像しているのだろうが、ちょっと違う。縛るのは、暴れてしまうのを防ぐためだ。
聞いたところによると、ローションガーゼと呼ばれているプレイだ。
たっぷりのローションをガーゼに染み込ませ、それで亀頭を撫でる。ただそれだけだが、亀頭だけ攻められるのは男にとってはかなり苦しい。射精することができないのに、快楽だけ募るからだ。
「いいですか、始めます」
私は出来るだけ平静を努めて、ハン理事のちんぽをやさしく手に取った。
ひたひたにローションで濡れたガーゼをそっと被せる。
「うっ♡」
少し撫でただけで、きれいな形をしたちんぽはみるみるうちに勃起した。
「あっ♡ これ、すごいな♡」
最初は余裕で楽しんでいるようだったハン理事だが、次第に射精できない事の重大さをわかってきたようだ。
「あっ♡ あっ♡ もう♡ ムリ♡」
喘ぎながら限界を訴えるが、ここで辞めたら中途半端になってしまう。心を鬼にして私は続けた。
「あぁっ♡ ほんとうにっ♡ 出したいっ♡」
ハン理事の亀頭は真っ赤に膨れ、先走りはだらだらと溢れている。
数回竿を扱いてあげれば、すぐに射精するだろう。
「くそっ♡ あぁっ♡ 縄を♡ 解けっ♡」
自分の手で扱きたいのだろう。ロープを解こうとするが、しっかり縛っているのでベッドの上でごろごろ転がるだけだ。
「なぁ♡ 頼むっ♡ 何でも♡ 買ってやるから♡」
そう言いながら、ハン理事はじたばたと足で私を蹴ろうとするので、少し離れたところに移動した。もうじゅうぶんローションガーゼの感触を味わったちんぽは、震えて、エアコンのわずかな風にさえも感じてしまうようになっている。
「あぁぁっ♡ 出したいっ♡ 頼むからぁ♡♡」
ハン理事はとうとう涙ぐんだ。
今日のヒゲのない顔で、涙を流されると、まるで子供が泣いているように見える。
「うぅぅ♡ 苦しいぃ♡ 射精したいぃぃ♡♡♡」
ぼろぼろと大粒の涙を流しながら、ハン理事は俺を見上げて訴えた。
ぞくぞくする。
この美しい人が、涙でべしょべしょになって、わめいているという現実に。
「ハン理事、出来ればもっと我慢していただきたいところですが」
「なっ♡ なんだ♡ もういいと♡ 言ってるだろ!?♡」
「私ももう限界です」
そう言ってスーツを脱いで裸になるまでの間、ハン理事にはつらかったようで、すすり泣きに変わっていた。
「まず、射精させて差し上げます」
そう言って私は片手でハン理事の限界ちんぽを握って一往復した。
「あああぁぁっ♡♡♡」
それだけで射精したが、人間の身体とは不思議なもので、ぴゅっと少量の精液が飛び出しただけだった。それでも解放感はものすごかったようで、ハン理事はごろんとベッドの上に倒れ込んだ。
「はぁ……♡ はぁ……♡ すごかった……♡」
「気持ちよかったですか? もうこれは必要ありませんか?」
顔を覗き込んで、念の為にたずねると、ハン理事はぐずぐずと首を横に振る。
「ばか! 欲しいに決まってるだろ! おまえのでっかいちんちん、今すぐ挿れろ!」
「かしこまりました」
私は、縛ったままのハン理事を正面から組み敷いて、尻の穴にデカマラを捩じ込んだ。
「あぁぁっ♡♡」
私も私で、何もしていないのに完勃ちになっていたので、熱い杭を打ち込むような激しさで、ハン理事の奥まで達してしまった。
「す、すごいっ♡ いきなり♡ 奥まできたっ♡」
「ハン理事のほんとうに好きなところ、突いて差し上げます」
「えっ♡ あっ♡ あっ♡ すごい♡」
縛られたまま、不自由な体勢で最奥を突かれたハン理事は、悦びに震える声を上げた。
その声がもっと聞きたくて、私はゆっくり引き抜き、勢いよく突く、という動作を繰り返す。
「あっ♡ すごっ♡ あぁっ♡ 激しっ♡ あぁぁっ♡」
奥の、本来なら入ってはいけないところが、誘うようにちゅぽんと吸い付いてくる。
「あぁぁーっ♡ そこ♡ あぁぁ♡ イクっ♡♡ イッちゃう♡♡♡ イクぅっ♡♡♡」
「どうぞ、イッてください、思いっきり」
「うぅぅーーーっ♡♡♡」
抉るように奥を突くと、ハン理事は全身を硬直させて絶頂を迎えた。
ナカだけでの絶頂は長く、しばらくするとぶるぶる震え出す。
「大丈夫ですか? これは、もう解きましょうね」
私は子供に語りかけるように言いながら、両側のロープを解いた。
だらりと脱力したハン理事は、自由になった両手両足で、私にしがみついてくる。
「まだ、抜くなっ。おまえも出してないだろ!」
「は、はい」
「今日は、おまえが好きにしていいんだぞ」
「そうですね。続けさせていただきます」
私は自分の役目を思い出して、再び腰を動かし始めた。
「ふぁぁぁっ♡」
イッたばかりの身体は敏感で、ナカの締め付けもいっそう強くなる。
温かく柔らかな肉襞の感触に、私も泣きそうになりながら、射精を目指した。
「ハン理事っ、もっと奥へ、入ってもよろしいですか!?」
「んっ♡ いいっ♡ いいからぁ♡♡」
身体の負担を考えると入ってはいけない場所まで、私のデカマラは到達した。ちゅっちゅっと先端に吸い付いてくる器官の感触に、脳がとろけそうになる。
「あぁぁーっ♡♡♡ また♡ イクっ♡ あぁぁっ♡」
「今度は一緒に、イきましょうっ」
私は最奥をこねくりまわすように腰を回し、注ぎ込むように射精した。
「ーーーーーーーっ♡♡♡」
ハン理事は声も出せない様子で、再び絶頂を迎えた。
「痕がついてしまいました、申し訳ありません」
縛っていた手首と太ももに、ロープの痕が残ってしまっていた。
ハン理事の白い肌にくっきりと印がついたようで、痛々しいが、内心喜びを感じている自分もいた。
「ん……」
どういう反応を示すかと思っていたが、ハン理事は怒らなかった。
朝の不機嫌も忘れた様子で、けろっとした表情で言う。
「思いっきり泣くとすっきりするな」
よく見れば、涙の跡も残ったままだ。
「シャワー浴びてくる」
「はい」
その間に服を着て帰ろうと思っていた私に、ハン理事は思い出したように振り返った。
「?」
何事かと顔を上げた私に、ハン理事は軽くくちづけをしてくださった。
「は、ハン理事……!?!?」
「おまえは、俺の機嫌を直すのがうまいな」
そのご褒美だったのか、はっきりは言わずにバスルームへ去っていってしまった。
私はくちびるの感触が消えるのを惜しむように数秒間目を閉じた。
おしまい