祝福

 最初からおかしいと思っていた。
 元FBIの天才が、βだなんて。

 また、失踪者を死なせてしまった。
 繰り返す呪いのような状況に、どうしようもない鬱屈を抱えているのは俺だけではない。
 チン・ソジュンも今日はため息ばかりついている。
 俺は見かねて声をかけた。
「今日はもう早く上がれよ。報告書なんか明日でいいだろ」
 するとチンはじっと俺の顔を見つめた。
「いいんですか?」
「たまにはいいよ」
「それじゃ、お言葉に甘えます」
 そう言って彼女はパソコンをシャットダウンし始めた。周りのメモや携帯電話を片付けて、椅子から立ち上がる。
「お先に失礼しまーす」
 と、彼女特有の淡い笑顔を浮かべ、鞄を持って颯爽と去って行く。
 俺はドアの向こうで彼女の気配がなくなるまで待っていた。
「さて、と……」
 もう一人の様子も見に行くことにした。
 彼もまた、ひどく落ち込んでいる。
 彼女の死体を見つけたのはジェームスだった。俺たちが駆けつけたとき、いつも持ち歩いている何らかの薬を口に押し込んでいた。
 冷静沈着なように見えて、その内側には爆発しそうな感情を抑え込んでいる。
 そうわかってきたのは最近のことだ。
 俺はのろのろと立ち上がり、階段を昇っていく。
 疑っているのは、このチームに入るように命令された時からだ。
 危険人物という意味とはまた違う。
 第二の性別の話だ。
 そもそも日本の警察官はβでないと採用されない。自分で自分をコントロールできなくなるαやΩでは、仕事を全う出来ない恐れがあるからだ。しかし米国の、ましてやFBIの事情は知らない。
 総人口に対して、αやΩは数が少ない。比較的多いとされる東京でも、80%はβだろう。仕事上の経験から言うと、αは何らかの才能に長けた人間が多いので芸能人や実業家、フリーランスによくいるが、”蔑まれる性”と呼ばれるΩは暴力団の下っ端や風俗店の従業員で見かける。
 ジェームスのような、組織からはみだす程、頭のいい人間は、αなんじゃないかと疑っている。 
 普通は他人に向かって第一の性別を尋ねないように、第二の性別についても確認などしない。ましてや刑事同士で話題に上ることなどない。だから、きっと俺の見立てなんぞ誰かに話したら鼻で笑われるだろう。
 ジェームスが、βのふりをしたαなんじゃないかと言ったって。
 なぜそう思うのか。
 それは、俺自身がβのふりをしたαだからだ。
 自分たちの子供は平凡な人生を生きて欲しいと願っていた両親は、αとして産まれた俺を幼いころからβと偽った。物心ついて、警察官を目指していた俺も、身上書にβと記入した。バレることはなかった。αがコントロール不能に陥るのは、ヒート中のΩに会った時だけだ。そんな機会はめったにあるもんじゃない。実際俺は今までのところ、平気だった。
 だから、だ。
 ジェームスと俺は全く性格もなにもかもが違うが、捜査に動く時は何故か波長が会う。重たい過去を背負っているらしい奴を危険人物とも警戒しているが、同時にほっとけないとも思う。惹かれる――――とは大袈裟だが、磁力のように存在が気になるのだ。
 きっと、α同士だからだ。
 俺の中ではそう結論付けていた。
「ジェームス、入るぞ」
 ドアをノックしながら言い、二階の部屋に入った。
 電気もつけずに薄暗い部屋の中で、ジェームスはソファに座って砂嵐の流れるTVを眺めていた。チェック柄の毛布にくるまって膝を抱えている。
 まるで親に叱られて泣きはらした子供のようだ。
 そう思ったらちょっと笑えて、俺は口元を歪めながら言う。
「おい、そんなとこで固まってないで、帰って寝たらどうだ?」
「…………」
「無視か? 傷つくぞ?」
 軽口を叩いて近づくと、ジェームスはようやく顔をこちら側へ向けた。整った顔だが、今は眉間にシワを寄せている。これが愛する妻なら指でシワを戻してやるところだが、同僚にそんなことをするわけがない。
「…………薬を、知らないか?」
「あ?」
「薬の入った小さな缶だ。さっきから見当たらない」
「さぁ? どっかに落としたか?」
 俺は辺りを見回した。雑然とした部屋だが、床に落ちているものはない。
「あれがないと困るんだ……」
 ジェームスは掠れた声でそう言って、額に片手を当てた。
「ん? 顔が赤いな。熱でもあるんじゃないか」
 電気のついていない部屋だからわかりにくいが、いつもと様子の違うジェームスに俺は言った。
「いや、大丈夫だ」
「大丈夫って顔じゃないな。呼吸も荒い。どうした」
 ジェームスの体が傾いて、ソファからずり落ちた。
「おいおい、全然大丈夫じゃないな」
 珍しい失態に俺は笑いながら手を伸ばして、彼を引っ張り起こそうとした。
 腕を取って、そこで、ぎょっとした。
 本当に体が熱い。吐く息も熱い。いつもはガラス玉のような目も今は潤んでいる。
 まるで、まるで――――。
「おまえ、まさか、Ωか!?」
 ジェームスは俺の手を跳ね除けた。
「まさか! 何を言うんだ?」
「誤魔化すなよ。おまえの様子、Ωのヒート状態じゃないか」
「ふざけるな、俺はβだ」
「嘘つけ、俺にはわかるんだよ!」
 往生際の悪いジェームスを俺は大声で遮った。 
「何故わかる?」
 ジェームスは俺を潤んだ目で見上げながら、たずねた。 
 ハッと俺は短いため息をついた。
「それは、俺がαだからだ……」
 すると、ジェームスは驚愕して息を呑んだ。
 βだったら、Ωのヒート状態を見ても、具合が悪いとしか思わないだろう。
 しかし、αならわかる。こっちも反応してしまうからだ。
「うそだろ、おまえがΩなんて」
 Ωは知力・体力ともに劣っていることが多く、単純作業や風俗の仕事に従事し、所謂エリート階層に上がることはないと言われている。
 だからずば抜けて知能の高いジェームスがΩである可能性はさらさら考えていなかった。
 本人もまだ否定する。
「違う、いいから早く薬を探してくれ」
「違わない!」
 俺は、もう一度ジェームスの腕をぐいと取り、顔を近づけて、噛みつくようにキスをした。
「!?!?!?」
 驚くジェームスの薄い唇の間から舌を差し入れ、彼の舌と絡ませた。
 唾液を混ぜるように舌を動かし、すりすりと口の中の粘膜を撫でまわす。
「…………ん……」
 強張っていたジェームスの体が、数秒とたたないうちに力がくたっと抜けていく。
 彼が完全降伏したところで、俺は唇を離した。濡れた唇を手の甲で拭いながら言う。
「唾液が甘く感じただろ? 俺がαだからだ。わかったか」
「う……」
「おまえこそ、なんで」
「薬……アンフェタミンさえ飲めばヒートを抑え込めるんだ」
「なんつう危ないもん飲んでんだ」
 俺は呆れた。そして、おもむろにシャツを脱ぎ始めた。
 ぎくりとジェームスは顎を上げる。
「何するつもりだ」
「決まってんだろ」
 俺はやけになって言った。
「ヒート中のΩを前にしたら、αは我慢できなくなると聞いてはいたが、実際にこうなったのは初めてだ。強烈だな。頭ん中が煮えたぎるようだ」
「……すまない」
 殊勝にもジェームスはつぶやいた。
 俺の妻のことでも考えたのかもしれない。
「俺こそ、すまない」
 それが合図のように、俺達は本能に突き動かされるまま、交尾を始めた。

 ジェームスも、限界だったようだ。
 俺が触るところから溶けていくように、身を任せてきた。
 甘い味のするキスが気に入ったようで、何度もねだってくる。
 舌を絡め合いながら、素っ裸になった俺達は、お互いにペニスを扱きあった。
「はぁ、はぁ、あっ、あ……」
 鼻を抜ける甘ったるい声でジェームスは喘いだ。こんな声を出す奴だなんて知らなかった。
「あっ、出る、出る、ぅ」
 ジェームスはさっきから何度もイッていた。
「う、俺も」
 俺も呻いてジェームスの手の中に精を吐き出した。
「はぁ……っ」
 驚くべきことに、俺はいくら射精してもペニスが萎えることはない。そろそろ手遊びにも飽きてきた。俺は両手をジェームスの細い腰にまわし、がっちりと掴んだ。
「挿れるぞ」
 ジェームスの脚の間はしっとりと濡れている。手を伸ばして、尻の穴を指で確かめると、そこはもうびしょびしょだ。
「平気そうだな」
「あぁっ!」
 いきなりペニスを突き刺したら、さすがにジェームスには衝撃が強すぎたようだ。
「はぁ……っ、オ刑事、加減くらいして、くれっ」
「悪い。やさしく、できそうにない」
「は?」
 そのくらい俺は興奮していた。今まで男にも、ジェームスにも、性欲を覚えたことなどなかったのに、今腕の中にいるキル・スヒョンはひどく艶かしく見える。いつもの澄ました顔がとろとろに蕩けていて、かわいいとさえ思う。すらりとした手足、細い腰、薄い尻。そのどれもが下腹を熱くさせる。
 俺は黙って腰を前後に振り始めた。
「あっ? あぁっ、うっ、あっ、あっ、あーっ」
 揺さぶられるたびにジェームスは声を上げた。
 ナカはねっとりとあたたかい沼のように締め付けてくる。
 俺は奥へ、少しでも奥へとペニスを送り込む。
「んんんっ、あ、はぁっ。オ刑事っ」
「オ・デヨンだ。呼んでくれ」
「あぁっ、あっ、デヨンっ、あぁっ、きもちいっ」
 ジェームスは喉を反らして喘ぐ。
「い、イクっ、あ、変だっ、おかしくなるっ」
 ジェームスのペニスは萎えたままだ。腹のナカでイキたいのだろう。
 俺は奥の方まで犯して、ぐるりと腰をくねらせた。
「あぁぁっ、あーーーー」
 薄暗い部屋の中に、悲鳴にも似た声が響いた。
 イッている最中のジェームスのナカはいっそうきつくうねって、俺は搾り取られるように射精した。

 完全にトんでしまったジェームスは、おぼつかない舌使いで俺のペニスを舐めている。
「これも、甘いのか?」
「んむ、んっ、はぁ、あま、い……」
 うっとりとした目つきはどこを見ているのかわからない。
「うぅ、また出そうだ。目をつぶって」
「ん……」
 おとなしく目を閉じたジェームスの彫刻のような顔に精液をぶちまけた。
 ジェームスは垂れてくる精液を舌で舐め取る。
 その様子にたまらなくなって、今度は後ろから犯したくなった。
 体勢を入れ替えて、四つん這いにさせ、上から覆いかぶさる。尻の穴にペニスを捩じ込んで、腰を動かしはじめた。肉を打つ音と水音が響く。
「あっ、んっ、あぁっ、はぁっ、あぅっ」
 黙って腰を振っていると、いつの間にか喘ぎ声にすすり泣きが混じり始めた。
「う、あぁ、も、殺してくれ、このまま――――」
 俺達の関係がめちゃくちゃになってしまったことを悔やんでいるのだろうか。
 それとも、Ωである自分を呪っているのか。はたまたこの世に絶望してか。
 きっとその全てなのだろう。
 殺してくれと泣くジェームスに促されるまま、後ろから彼の首に手をかけた。
「あぁ、あ、うぅ、頼むから……」
 俺は、だが、従わなかった。
 かわりに伸び上がって首の付け根をがぶりと噛んだ。
「いっ!?」
 ジェームスは本物の悲鳴を上げた。
「なっ、何をした……? オ・デヨン、まさか……」
 彼が動揺するのも無理はない。
 αがΩの首の後ろを噛むということは、番になることを意味するからだ。
 それは通常の結婚制度とは別に、他人同士が繋がる手段だった。
「どういうつもりだ!? こんなことしたら、俺と一生離れられないんだぞ!」
「……望むところだ」
 そう答えて、遮二無二腰を動かした。
「あっ、あぁーっ、あっ、また、あ、あ――――っ」
 ジェームスは何度目かの絶頂を迎えた。
 

 朝になる頃、ようやくお互いに精が尽きてきた。
 尽き果てるとはこのことだろう。
 ジェームスの体にはさんざん俺が貪った痕がついている。
「う……ねむ……」
「俺も…………」
 床の上に抱き合って眠りについた。
 目を覚ますときは照れくさいに違いない。
 しかしそれを乗り越えれば、俺達は唯一無二の存在になるだろう。

おしまい

送信中です

error: Content is protected !!