フリージア

 日中は立っているだけで汗ばむような日差しの、夏の初めのことだった。ソウル市内は陽の光で溢れ、街を歩く人々の服装も軽やかに変化し、氷菓子の店には若い女性たちが列を作った。
 しかしまだ夜になれば急激に気温が下がり、薄ら寒い風邪が吹きはじめた頃、明るい日差しの下では生きられない男たちが活動を始める。
 イ・ジュングは郊外にある、寂れた自動車整備工場へと五、六人の若い衆を連れて現れた。彼はまだ三十代はじめでありながらソウルを拠点とする暴力団ジェボム組の若頭を努めている。
 その若さに反して尊大な態度は、組織の上層部に位置しているから、というよりは彼自信の性質に寄るものだと言える。
 闇の世界において、彼は生来の支配者だった。
 誰もその残酷さでかなうものはいない。同じジェボムの目上のものであっても彼の機嫌を損なうことのないよう気を配っていた。優雅な身のこなしの下に、常にギリギリの危険をまとっている。
 煌々と明かりのついた工場内の中央に簡易椅子を並べて座り、客人を待ち構えていたジュングは、外にもう一台車が止まり小柄な老人が杖をついてゆっくり歩いてくると、立ち上がって挨拶をした。
「御老体。わざわざお越しいただき恐縮です」
 呼び出された相手はパク・ソテクという、ナジョン組の組長だった。
「これはこれは、若頭。お待たせして申し訳ない」
 テソクの人のよさそうな穏やかな口調からは危機は感じられなかった。何も知らなければただの弱々しい老人だと思われるだろう。
「このたびは、うちの若いのが粗相いたしましてなぁ。ご迷惑をおかけいたしました」
 ナジョン組は、ジェボム組からすれば格下の、ソウルで昔から続く小さな組織だ。他の強大な勢力が首都の支配権を奪い合い、周辺を牛耳るようになっても、なんとか慎ましく生き延びている。それというのも、この老人の人徳と交渉力の賜物と言える。
 挨拶を終えると再び簡易椅子に長い手足を持て余すように深く腰掛けたジュングは、張り付いたような薄ら笑いを浮かべてテソクを見下ろしていた。
 腰掛けていてもわかるほど鍛えられた体をしている彼がほとんど自ら手を下すことはない。彼が指一本動かせば、否、視線を動かすだけで小さな組の人間を皆殺しにすることもできるだろう。
 ジュングの瞳は虹彩が暗く、漆黒の色をしている。吸い込まれるような闇の色だ。
 相対する老人は、ぞの目をまともに見据えないようにわずかに逸している時点で、敗北を喫していた。
「それで? 口先だけならなんとでも言えるわけだが、どのように誠意を見せてくれるんだ?」
 薄く開いた唇からの高圧的な台詞がこぼれ落ちる。
「ウチの組の店を襲い、金品を奪って逃げておいて、随分軽く見られたものだ」
「とんでもない!」
 老人は血相を変えて遮った。
「我々に出来ることでしたら何でも……」
「そうか。それなら、まずはそのモノ知らずな若いのはこちらで処分させてもらおう」
「承知しました」
 老人は笑顔であっさりと承諾した。大家族的とは言え、組織に害を及ぼすものであればあっさり切り捨てる。見かけとは裏腹の冷淡さがあればおそ、今まで生き残ってこれたのだ。テソクは背後に立っている若い衆のほうを振り向くと、順具に向ける媚びた笑顔とは全く異なる険しい表情で彼らを叱責した。
「おい、あの馬鹿を連れてこい」
 彼らは車の後頭部座席から、腕を縛り上げられ、真っ白い顔をした青年を追い立てて連れて来た。脚が震えて歩くこともままならない様子で、わずかな距離にも時間がかかり、ようやくたどり着いたジュングの前に座らされた。
 テソク老人は言った。
「どうぞ、煮るなり焼くなり好きにしてやってください」
 ジュングは震えて跪いている青年を一瞥し、興味がなさそうに再び視線を老人へ戻した。
「それから、店の修理費と店員の慰謝料だが、そちらのインサドンビルの所有権を譲渡してもらおうか」
「そ、それは……」
 人間には執着しないが、財産には執着を見せ、老人は言い淀んだ。しかしジュングの顔からさっと笑みが消えたのを見て取ると、渋々承諾した。
「おい、契約書を出せ」
 順具は傍に控えていたサンフンに、予め用意させておいた契約書を二枚、ファイルに入れたまま老人へ手渡しをした。
「両方に日付とサインを」
 老人はしぶしぶ言われるままにサインを書き入れた。記入済みの契約書を一枚渡されると、がっくりと肩を落とし、立ち上がる。
「それではこれでお暇いたします」
 これ以上関わり合いになりたくないとでもいうように老人はそそくさと立ち去ろうとする。ところが、その後ろにいたはずの男が、ジュングの前に飛び出した。
「待ってください! お願いです! こいつの命だけは許してやってください」
 男はジュングより少し若いくらいの青年だった。拘束された青年とは違い、スーツを着てきちんとした身なりをしている。
「なんだこいつは」
 飛んできた虫けらを見るような目で、ジュングは老人に尋ねた。
「ジュヒョン! 余計なことをするな!」
 形相を変え、杖を振り上げて老人は一喝した。工場内に響き渡る怒号だった。今までの好々爺然とした顔はまったく消え去っていた。
 しかしジュヒョンと呼ばれた男は怯まず、ジュングの前、縛られた青年の横に這いつくばった。
「こいつは、ガキの頃からの俺の弟分なんです。この世界に入ったのも俺を追いかけてきたようなもんで、だ、だから、指でもなんでも詰めさせますから、命だけは……!」
 ジュングは鼻で笑った。
「そうか、それは気の毒だな。こいつは他に親兄弟はいないのか?」
 尋ねられ、ジュヒョンは意図がわからずに素直に答えた。
「い、いません。とっくに死んでいて……」
「おまえはどうだ。本当の兄弟はいないのか?」
 ジュングの質問を不思議に思いながらジュヒョンは答える。
「い、妹が一人。まだ学生で……」
「成る程。それではおまえが面倒を見てるのか」
「は、はいっ」
 ジュングは目を細めてジュヒョンを上から下まで舐めるように眺める。女好きのするような整った顔立ちをしていた。
「おまえの妹なら売り物になりそうだな。風俗に沈めてその金でうちの損害の補償金にさせろ。きょうだい仲良く協力してもらおうじゃないか」
「!」
 ジュヒョンは言葉を失った。
「そんな……! 妹は関係ないだろ!」
 半狂乱になって騒ぎ出したジュヒョンを、ジュングの部下たちが数人で後ろから羽交い締めにした。その様子にジュングは声を立てて笑った。そしてぴたりと笑いをおさめると、テソク老人に向かって言った。
「わかっているな? ナジョン組を潰すことなど我々にとっては朝飯前なんだぞ。あんまり調子に乗るなよ」
「…………」
 老人は屈辱を黙って飲み込むと、再び好々爺の表情を取り戻した。
「失礼いたします」
 そして振り返ることもなく若者二人を見捨てて去って行った。発端の青年は、気を失いそうに立っているのが精一杯だ。冷たい夜気の中で大粒の汗を浮かべていた。
「暑そうだな」
 ジュングは言った。
「え」
「汗をかいている。そんなに暑いなら泳ぎたいだろう」
「え、あ」
 震えて返事も出来ない青年を指差し、ジュン具は部下たちに命じた。
「おい、こいつを海に連れて行ってやれ。おまえらは良く泳ぎの腕前を見せてもらえよ」
 つまり、海で事故に見せかけて溺死させろということだ。その楽しみ方は部下に一任された。
「ハイ!」
 部下たちは返事をすると青年を車に連れて行った。叫び声が聞こえたのは一瞬だった。鈍い音がして、叫び声など上げられない状態にさせられ、後頭部席に押し込まれた。
 車が走り去った後、残されたジュヒョンは恐怖に立ちすくみ、もはや抵抗する気もないようだった。ジュングは彼を押さえつけていた部下たちに合図し、解放させた。
「それで?」
 うつ伏せになり放り出されたジュヒョンの傍らにしゃがみ、ジュングは見下ろした。
「おまえはどうするんだ? 大事な弟分や妹のために我が身を犠牲に投げ出さないのか? 処理方法くらい、自分で選ばせてやろう」
 ジュヒョンは震えながら腕をついて立ち上がる。
「う、うぅっ、うわぁああああ!」
 突然大声で叫び、翻ると逃げ出した。無様に転びながら逃げ出す姿を見て、ジュングは爆笑した。笑いながら部下たちに命令した。
「ちゃんと、一匹残らず片付けろよ」
 部下たちは一斉にジュヒョンを追いかけ始めた。その場に残ったのはジュングとサンフンにのみだった。車に移動し、サンフンは運転席に乗り込み、後部座席のドアを開ける。ジュングは愉快そうな笑みがおさまりきらないうちに乗り込んだ。
「このままご自宅でよろしいですか?」
 サンフンは聞いた。
「あぁ、笑い疲れた。今日はこのまま帰ろう」
「かしこまりました」
 サンフンは、バックミラー越しにジュングの笑みを確認し、姿勢を正した。
 彼らは日頃からジュングのやり口には慣れているが、やはりその残虐さには感心する。決して敵にまわしてはいけない悪党だということは身にしみて感じているのだった。
 ただし、ジェボム組の外から見れば、巨大組織において、彼が年長者を出し抜き重用されているのは怪しまれ、ソク組長の血縁だとか、弱みを握っているからだという審議不確かな噂がまことしやかに流れている。
 それはどれも真相には当たらない。
 ソク組長にとってジュングは実益以外の趣味に見合う有用な人間だった。
 若い頃から色ごとに長けているソク・ドンチュルは、妾や商売女とは別に、ジュングを傍に置きたがった。きっかけが何だったか、ジュングにはわかっていない。ずっと若い頃、宴席に何度か呼ばれた。ソクは話に聞いていた女癖の悪い父親に似ているようにジュングには思えた。
 ジュングは早くに父親を亡くし、潔癖な母と姉によって育てられたため、情操教育に偏りがあったことは否めない。人並み以上に潔癖なところがあった。酒の席での潔癖な受け答えをソク組長に面白がられ、あちこち連れ回されるようになった。
 最初は、妾との行為を一部始終見ていろと命じられた。趣味の悪い気まぐれだと思ったが、次の時は服を脱いで参加しろと命じられた。しかしその状況でうまく女を抱けるはずもなく、ソクの不興を買い、お仕置きと称されては一人で呼び出され、体を弄ばれた。
 ソクは年齢の割に絶倫だが、それは中国や米国から取り寄せた精力剤を常用しての成果だ。ジュングに対しては、もっぱら鑑賞を愉しんでいた。ジュングは彼の前で品のない色や形をした玩具を使うように強いられた。何度お仕置きされても慣れることなく、必ず恥辱に顔を歪ませるジュングを眺めることは、たいそうソクを愉しませた。ジュングの身体もしだいに強制的な快楽を受け入れるようになっていった。
 その結果、ジュングがくい腸を満足させられるようになった頃には、『取引』の道具として使われるようになった。頻度はそう多くはない。客の要望と利益の一致したときだけ、一晩『取引』を頼まれる。
 無事、うまく役目を終えて帰って来た日には、
「よしよし、いい子だ」
 と、組長はいたく機嫌よく、ジュングにべったり甘く傍を離さなくなる。それは、ジュングとしても精神的に満たされる時間だった。自分の勝ちを再認識するための儀式のようなものだと捉えるようになっていった。
 もちろん、そんなことは他の誰も知る由もない。ジュングの個人的な秘密でもあり、ジェボム組のビジネス上の機密でもある。
 そして今夜もまた――――。
 内ポケットの振動でジュングはスマートフォンの着信に気が付き、メールを開いた。ソクからの伝言が入っていた。
 ホテルの名前と部屋番号だけの短い指示だ。
 ジュングは顔を上げ、窓の外の闇に目を凝らした。今夜の相手はおそらくここ数ヶ月組長が執着している『取引先』だろう。
 ジュングは運転席に向かって行き先を告げた。
「予定変更だ。リッツ。カールトンへイッてくれ。明日の朝、迎えに来てくれ」
「今からですか?」
 思わず驚きの声を上げたサンフンをジュングは睨みつけた。
「いえ! はい! すぐ向かいます!」
 有無を言わさないジュングの口調に彼は慌てて口をつぐみ、ナビをストップさせて方向を変えた。ホテルに到着し、エントランスに車を寄せる。
「いってらっしゃいませ」
 サンフンに見送られ、ジュングはフロントを素通りしてエレベータで客室階に上がった。指定された部屋の前で、ジュングはドアをノックした。
 中から、低い返事が聞こえた。
 ドアが開く。
「!」
 顔をのぞかせた相手を見て、ジュングは愕然とした。とっさに引き返そうとするが、手首を掴まれ、部屋に引きずり込まれる。
「騒ぐとまずいのはおまえだろう。入れ」
 毅然と言われ、ジュングは抵抗をやめた。
 掴まれた手首を振り払い、言いなりになるより自分から部屋に足を踏み入れた。広い部屋の中央まで歩いていき、振り向く。
 間接照明の下で、自分を出迎えた男の顔を見る。よく知った顔だった。
「なんでおまえがここにいるんだ?」
「おまえ呼ばわりか」
 男は苦笑した。
「それに、それはこっちの台詞だ」
 男は警察官のカン・ヒョンチョルだ。十代の頃からジュングを何度も補導したことのある、忌々しい相手だった。
「せっかくのお楽しみを邪魔して悪かったな。約束の相手は今頃取り調べの真っ最中だ」
 ジュングはおおよその顛末を飲み込んだ。
 取引の相手は警察に連行されたということだ。もうこの部屋に来た意味はなくなった。ましてや巻き込まれてはかなわない。両手を広げて潔白の意図を示す。
「何の容疑かしらないが、俺はたまたま今夜この部屋で会合の予定があっただけだ。何の関係もないだろう」
「会合か。俺はてっきりデリヘルでも呼ぶためにここを取っているのかと思ったが、まさかおまえが来るとはな。すっぽかしを食らったデリヘル嬢なら、せっかくだからおこぼれにあずかろうとしたんだが」
 ヒョンチョルはからかうように言ったので、ジュングは思わず舌打ちをした。
「チッ、不良警官め」
 ジュングは吐き捨てる。ヒョンチョルの肩越しに見える窓際のテーブルの上には、ホテルに常備してあっただろう高級ウィスキーとグラス、それにナッツを食べ散らかした跡が残っている。いつからここにいたのか知らないが、すでにじゅうぶん愉しんでいるように見えた。
 苛立ちをあらわにするジュングを、ヒョンチョルは目を細めて眺めた。
「ちょうど俺もおまえに用事があったんだ」
「用事だと?」
「最近、スミを入れたそうじゃないか」
「何でそれを……」
 プライベートの情報が流れていることに、ジュングは内心でぎょっとした。
 彫り物師か、それとも。
「こっちもいろいろと、網を張ってるもんでね」
 ヒョンチョルは悪びれずに返す。
 ジュングはもうひとつ舌打ちした。腹立たしい。昔から、何でも知っているような顔をして、決してジュングを恐れることのない男だった。
「どんなもんか、拝ませてもらおうと思ってな」
 全くふざけた、図々しい言い草だ、とジュングは頬を引きつらせた。刑事がヤクザの彫り物を見たがるとは。
「ふん、ここで俺に全裸にでもなれというのか?」
 そう言うと、ヒョンチョルは肩をすくめた。
「真っ裸にならねぇと見れない場所なのか」
「!」
 言い当てられ、ジュングは口をつぐんだ。
 にやにやとからかい気味のヒョンチョルに対し、仁王立ちで両腕を投げ出して見せた。
「見たいなら、見ればいいだろ」
 ほんの軽い挑発のつもりだった。
 補導されるたび、何かと世話を焼いてくるヒョンチョルに、接触を求めたのはジュングのほうだった。口先だけで構われるより、直接触れて欲しかった。
 彼は、ソク組長に対する思慕とは違う、もっと熱っぽい感情をジュングの中に引き起こすのだ。
 しかし、ずっと年上の無骨な大人の男の気を引くのはたやすいことではなく、拒否されるたびにジュングは少なからず傷ついて来たのだ。だからこそ、この手の挑発に彼が乗ることはないと思っていた。
 しかしカン・ヒョンチョルはわずかに眉を上げると、ジュングに一歩近づいた。
「どれ、ジェボム組の若頭のお手を煩わせるわけにもいかねぇからな」
 いやみったらしく言い、ヒョンチョルはポケットから取り出した煙草に火をつけ、機嫌よくジュングのネクタイに手をかけた。
「……っ」
 意外な展開に、ジュングは思わず目を伏せた。
 しかし言い出した手前、微動だにせず身を任せる。
 ヒョンチョルはわざともったいぶっているかのように、丁寧にジュングのネクタイを解いた。するりとネクタイが音もなく足元に滑り落ちる。続いて脱がされた背広もシワになることも構わず足元に投げ捨てられた。
 ひとつひとつボタンを外し、ベストとシャツを脱がせ、たくましい体つきがあらわになる。上半身を裸に剥かれ、さすがにジュングは焦りを覚えた。しかしヒョンチョルは何のためらいもなくベルトに手をかけた。そこで目を止めると、緩んだスラックスを親指で引っ掛けて下にずり下げた。
「あぁ、ここか」
 腰骨の上から右の太腿の付け根あたりに、まだ青いスジ彫りだけの花が一輪入っている。
 可憐な花だ。
 ヒョンチョルはその青い花を親指の腹で撫でた。
「……っ!」
 ジュングは過敏に反応した。
 それに気を良くして、ヒョンチョルは花の輪郭を無遠慮に手のひらで撫でながら、もう片方の手でベルトを外し、脱がせていく。
「まだ中途半端だな。色いれんだろ? どうしたってこんなところに入れたんだ?」
 興味津々で撫で回され、ジュングは腰を震わせた。
「……忘れたのかよ」
 ジュングは思わず口を尖らせて、昔のような幼い口調で言った。
「アンタが痕をつけたところだろ!」
「人聞きの悪いことを言うな」
 ヒョンチョルは肩をそびやかして返した。
 忘れるわけがない。数年前も、彼は今と同じようにジュングの白い肌に触れた。ジュングがそうしてほしいと何度もあからさまに誘惑したからだ。
 ソク組長に目をかけられるようになるずっと前のことだ。何度もかわされた挙げ句、ようやくジュングの誘いに乗ったヒョンチョルは、余すところなく夜通しジュングに触れた。
 しかし――――。
「忘れちゃいねぇが、あん時は最後までしなかったろ」
「だからだろうが!」
 声を荒げるジュングに、ヒョンチョルは意外そうな表情をした。
「そうかそうか、そりゃ悪かったな。俺のせいでスミ入れたってわけか? 今までは何も入れてなかったろ。せっかくのきれいな身体がもったいねぇ」
 そう言いながら後ろに手をまわし、脱がせかけた服の上からジュングの尻を遠慮なく揉みしだく。
「この……っ」
「今じゃ遅いのか?」
 あっさりと尋ねられ、ジュングはカッとなった。この男はいつも自分の予想を裏切る言動をして、翻弄する。
 ふれられた痕にかわりに花の印をつけて、きっぱりと未練を断ち切ろうと思った矢先にこれだ。
「くそっ」
 ジュングは足首に溜まったスラックスと下着を靴と一緒に掴んで脱ぎ捨てると、両手でヒョンチョルの襟首を掴んだ。
 後ろにあるベッドの上に押し倒し、乗りかかる。
 体格差では圧倒する若者に組み敷かれ、カン・ヒョンチョルはやれやれと咥えていた煙草を手に取り、ベッドサイドの灰皿に押しつぶした。
「そうがっつくな。あんまり期待されても大したもんじゃねぇぞ」
 そう前置きするなり、ジュングの首の後ろに手を回し、態勢を入れ替えた。シーツの上にジュングを組み敷いたヒョンチョルは、鎖骨にしゃぶりついた。
「う……っ」
 血の滴る骨付き肉にありつくような激しさに、ジュングは思わず声を漏らす。鎖骨を端から舐め回されながら、分厚い手で筋肉のついた豊かな胸を揉みしだかれた。
「ん、あっ」
 まるで抱くというよりは、犯すような乱暴な扱いだ。鍛えられた丈夫な身体がちょっとやそっとで壊れることがないことを知っているので遠慮などしない。
 期待で固く尖っていた乳首を爪で押しつぶされ、ジュングは呼吸を荒くした。
「……は、ぁ」
 性感帯を痛いくらい刺激されるほうが感じるような身体にされてしまっている。圧倒的に支配され、下腹が燃えるように熱くなっていく。
「あ、……あっ」
 ヒョンチョルは警察官とは思えないほど男としての獰猛さをあらわにした。
 余すところなく両方の鎖骨を味わい、肩や首の付け根も舐め回し、齧りつき、痛いほど吸う。荒い息遣いや下品な水濡音にジュングはさながら獣の折に投げ込まれたような錯覚を覚えた。あちこち手荒く揉みしだかれ、齧りつかれ、捕食される恐怖と同じくらい興奮を覚えていた。腰骨の青い花の花弁にも吸い付き、以前と同じようにそこを強く吸った。
「あ……!」
 ジュングは背を反らし、爪先でシーツを引っ掻いた。
「あ、ん、んぅっ」
 そこが性感帯だと、あの夜までジュング自身も知らなかった。ぞくぞくと深いところが快感で震える。とっくに勃起しているものから先走りがたらたらと零れ落ちた。
「……ふ、ガッチガチじゃねぇか」
 そう言いながらもヒョンチョルはひくひくと収縮する下腹やその下の黒い茂みを指でかき回すだけで、張り詰めて濡れそぼって待っているものに触れようとしない。
「も、早く……しろっ」
 息も絶え絶えに訴えると、ヒョンチョルはやれやれとばかりに腹の下で反り返ったものにようやく触れたので、ジュングは息を吸い込んだ。
「ひぅっ」
 昔は、ヒョンチョルと出会った頃はこんな身体ではなかった。男の肉体も搾取されることなど予想もつかなかった昔のことだ。すっかり変わってしまった身体を知られたくはなかったが、隠すことも出来ない。
 しかし案の定ヒョンチョルは見抜いていた。感度の良すぎるジュングの身体を見下ろして言う。
「どうせ、あのソク組長の老いぼれに飼い慣らされてるんだろう?」
 よくもそんなことまで知っているものだとジュングは歯噛みした。いや、知っているように言っているだけで、カマをかけられているのかもしれない。どちらにしろ答える義務はない。
ただ、他の男に触られるのと、カン・ヒョンチョルに触られるのとでは全く意味が違う。
「欲しいなら自分で誘ってみろ」
 ヒョンチョルが視線だけで、ベッドサイドテーブルの上を示した。約束の相手が用意していたものなのだろう。ローションやコンドームの束が置いてある。ジュングはのろのろと身を起こし、ヒョンチョルの下からすり抜け、ベッドを降りた。ガクガクと脚が言うことを聞かない。引きずるようにしてテーブルまでたどり着き、両手をついた。
「…………はぁ」
 間接照明の下でも、ジュングの白い肌が真っ赤に染まっているのはよくわかった。ヒョンチョルはベッドの上で胡座をかいて座り、見世物を鑑賞するように眺める。
 コンドームは振り返りもせずヒョンチョルに向かって投げた。ローションは蓋を開け、片手の上に空ける。じゅうぶん指が液体で濡れると、その指を後ろに持っていき、脚の間に這わせた。
 一番奥の粘膜に馴染ませ、広げていく。
「ん、く」
 ジュングはぎりっと唇を噛みながらも、ヒョンチョルからのあからさまな視線を感じて萎えることはなかった。じっとりとした視線で見られながら、指を中へくぐらせて、ゆっくりと入り口を広げる。このまま自慰をしろと言われたら平気でしてしまうくらい、ジュングはヒョンチョルの視線を肌で感じていた。
 いっそ、最後まで見せつけてしまおうか。
 しかし二本の指が第二関節まで中に入れられるようになったのを確認して、ヒョンチョルは声をかけた。
「戻ってこい。それ以上は俺もたまんねぇよ」
 ジュングは振り向いて、中から指をゆっくりと引き抜いた。その目は期待に黒く濡れ、下瞼が真っ赤だ。煽情的な顔つきに、ヒョンチョルはごくりと喉を鳴らして手招きをした。ジュングはベッドに乗り上げ、仰向けに横たわっているヒョンチョルの足の上を跨いだ。
 だらしなく緩んだ腹を見下ろす。
 昔は引き締まっていた名残りがある。筋肉の上に死亡が乗っているような体つきだ。
 こんな中年男に夢中になっている自分が急におかしくなって、ジュングは思わず笑みを浮かべた。
 それでもこの男が自分相手に勃起しているのが嬉しい。早く、早くそれが欲しい。
「なんだ? 違う体位のほうがいいか?」
「な、何でも、いいっ」
 ジュングは両手を後ろにまわし、入り口を指で広げながら、ヒョンチョルの上から腰を落としていく。
「う、ん……っ」
 たっぷり慣らしたそこは、難なく太いものを飲み込んでいく。ヒョンチョルも予想以上の快楽に苦しそうな表情を浮かべた。
 根元まで受け入れ、ジュングはうっとりため息をついた。
 満たされた感覚に指先まで痺れる。
 このまましばらく味わっていたかったが、ヒョンチョルのほうが耐えきれず、腰を動かし始めた。ぐちゃりとローションが中で音を立てる。
「あっあっ」
 ヒョンチョルはジュングの腰を両手で掴み、下から突き上げるように腰を振り始めた。
「あ、あぁっ、やぁっ」
 乾いた部屋に肉を打つ乾いた音が響く。
 突然の激しさに、ジュングは我を忘れた。
 普段はきれいに撫でつけている髪も、今やぐしゃぐしゃに乱れている。黒目がちの目は潤み、口元はだらしなく締まりきらない。
「いぁ、あっ、あーっ」
 引きつった声が止まらない。特に奥深くまで穿たれると目の前に火花が散る。
「あっ、あっ、んっ、んぁっ」
 甘くとろけるような声に、ヒョンチョルは喉で笑った。
「そんなに、奥がいいのか」
 絡みついてうごめくナカから意識をそらそうとヒョンチョルは答えを期待せずに声をかける。
「あっ、あっ、あっ、いいっ、い、いっ」
 ジュングは熱に浮かされたように答えた。
「いっ、気持ち、いいっ、あっ、あんっ」
 その声を聞いているだけでどうにかなりそうだ、とヒョンチョルは迫りくる射精感をぐっと堪える。
「あっ、あ、うぅっ、ふっ、いぃっ」
 ジュングは自らも無意識に腰を揺らしていた。ヒョンチョルの律動に合わせてゆらゆらと白い上半身が揺れる。ヒョンチョルは片手を伸ばしてジュングの乳首を爪で引っ掻いた。
「あぁっ」
 切羽詰まった声を上げ、腹にくっつきそうなイチモツからだらだらと先走りをこぼす。
「あっ、やぁっ、あっ」
 何度も乳首を引っかかれ、ジュングはやがて背中を大きく震わせた。
「イクか。いいぞ。イけ。思いっきりイけ」
「うぁ、あ、イク、ぅ、う――――っ」
 ジュングはヒョンチョルの上に倒れ込んだ。
 背中を丸め、首筋に額を擦り付ける。
「うぅっ……うっ」
 ジュングは襲い来る快感の波を、長い手足でヒョンチョルにしがみついてこらえる。ナカがいっそう収縮するので、ヒョンチョルは搾り取られるように射精した。
「うぅっ」
 快感の波は何度も訪れ、ジュングは痙攣する。射精だけでは済まない深いところでイッて、苦しいくらいの快楽に身悶える。
 ヒョンチョルはその間ずっと、汗の浮く広い背中を撫でてやっていた。

 ヒョンチョルがさっぱりとした顔つきで身支度を整えて部屋を出ていった後も、ジュングはシャワーを浴びる気力もなく、裸のままシーツの上に重い体を横たえていた。うとうとと眠気が訪れるが、深く落ちることはなく、今さっきの情交を思い返してうっとりと目を細め、うとうとしていた。
 ずっと欲しがっていたものを与えられた恍惚を思い出しながら、しきりに指の腹で唇をなぞっていた。激しく交わった後も、ジュングの唇は乾いたままだ。
 警察官としての矜持なのか、カン・ヒョンチョルは最後まで決して唇を重ねることはしなかった。たかがそんなことが、抜けない棘のように引っかかる。

 十代の小娘じゃあるまいし。
 満たされてなお、求めている。
 ジュングの腰骨の下に咲く花は、その後数日だけわずかに赤紫の色をつけた。

 その後も彼はそれ以上に青い花を塗りつぶすことはしなかった。

 目が見えないのは目隠しをされているからだと気がついた。手足が動かないのは、固定されているからだ。手首と手足に紐のようなものが巻き付けられている。
 全く動けない状態で、硬いベッドの上に拘束されている自分の状況をジュングは冷静に整理する。
 夜、車を降りたところで襲われたことは覚えている。その場にいた部下が刺される瞬間が見えた後、視界が暗転した。殺されずに拉致をされたのだ。怪我をしているところもなさそうだ。
 皮膚はジメジメとした湿り気を感じ、下水の匂いがする。空気の流れがないところを見ると、窓のない密室、おそらく地下だろう。
 重い扉が開く音がして、誰かが入ってきた。
 革靴の固く乾いた音。
 男の足音だ。二人。
 無言で近づいてくる。まっすぐ、迷いなく近づいてきて、間近に――――。
 と、いきなり目隠しを外された。
「目が覚めたか?」
 突然光の入って来た視界の焦点がゆっくりと合う。横に立って見下ろしていたのは、先月自動車工場での一見で始末したはずのチョ・ジュヒョンだった。
「……おまえか」
 詰まる喉からようやく声を出した。
 ジュヒョンは笑う。
「死んだと思っていたか? 残念だな。死体は自分で確認したほうがいいぞ」
 そう言ってジュングの顔を覗き込んだ。
「いい格好だな。見下される気分はどうだ」
「ここまでしてただで済むと思うなよ」
 ジュングは強い目で睨みつけ、ジュヒョンの顔めがけて唾を吐き出した。
「くそっ、このヤロウ!」
 ジュヒョンはジュングの顔を膝で蹴り、汚れた顔を手の甲で拭った。
「フン、俺に失うもんは何もないんでね。大事なものはすべておまえに奪われた。妹も、何もかも。残されたのはここくらいのものだ。ここがどういう場所だかわかるか?」
 ジュングがと耐えられるはずもないことを知りながらジュヒョンは尋ねた。
「ウチの組が出資していたスナッフビデオの撮影場所だ。雰囲気出てるだろう。ここは俺に任されていたんだ」
 ジュヒョンは誇らしげに言い放った。
 確かにそれはジェボム組の資金源のひとつだった。しかし些末なものだ。アダルトサイトの一環として、物好きな嗜好も提供している。そういったものは世間では作り物だと思われているかもしれないが、レイプや暴行や死体処理が非合法で行われている場所は実在する。需要と供給さえ成り立てば、手っ取り早い自前のコンテンツだった。
 ジュヒョンが直接手を下していたわけではないが、場所と人の出入りの管理を担当していた。人の住んでいない倉庫街の一角に紛れているこの場所は、ジュングを監禁するには格好の環境だった。
 棚の上に並べておいてある酒瓶の中からスコッチウィスキーをひとつ手に取り、掲げた。
「まずはジェボム組若頭に乾杯の盃をあげよう」
 ベッドに近づき、ジュングの顔の上で酒瓶を傾け、ウィスキーを口元に垂らした。
「うぐっ」
 顔にびしゃびしゃとかけられ、ジュングは首を振って抵抗する。
「ちゃんと飲めよ。もったいない」
 ジュヒョンは肩を震わせて笑った。
「さすがだな。ビビっているようには見えない。死ぬのが怖くないのか」
「おまえなんかに簡単に殺されるものか」
 ジュングは喉の奥からあくまで強気の台詞を吐いた。ジュヒョンはウィスキーを一口煽って言う。
「安心しろ、簡単に殺しはしない。死んだほうがましだと言わせてやるさ。わざわざ面倒なことをした意味がないからな」
 ジュヒョンは胸ポケットからキリル文字の印字された錠剤のシートを取り出した。
「これも高いんだ。吐き出すなよ」
 そう言って指に錠剤を乗せると、ジュングの口の中に突っ込んだ。
「てっ」
 すかさずその指をジュングが噛んだので、ジュヒョンは慌てて指を引き、とっさにジュングの頭を横から殴った。
「凶暴な奴だ」
 殴られた拍子に、ジュングはウィスキーと一緒に錠剤を飲み込んでしまった。得体の知れないものを飲み込んだことに背筋がぞっとする。
「このぶんじゃ口は使えそうにないぞ。噛みちぎられるのがオチだ」
 不穏なことを言い、ジュヒョンはシートの端を引きちぎる。その切れ端をジュングの口に猿轡のかわりに噛ませ、頭の後ろで結んだ。
「ん、うぐっ」
「薬が効くまで生意気な口はこうしておいたほうがいいだろう」
 ジュングは拘束された上に口を塞がれ、艶やかな黒髪も乱れ、無防備さをあらわにしていた。出来ることはといえば、ジュヒョンを精一杯にらみつけるだけだった。
 ジュヒョンはずっと後ろで静かに立っていた男を振り向いて言った。
「紹介しよう。ギドだ。こいつは正確にいえば、組の人間じゃない。組織に入れるような人間じゃない。危険な奴だ。狂った動画は狂った奴にしか作れないのさ」
 ギドと呼ばれた男は唸り声を上げた。その顔つきからは知性が感じられない。人の形をした獣のような男だった。
「ギド、こいつはおまえの獲物だ。好きにしていいぞ」
 ギドは自分のベルトを外し、下半身を露出し、赤黒いグロテスクなイチモツをぶらぶらさせながらベッドへ近づいていく。
「……くっ」
 ジュングは目をそらさず、その獣を睨んだ。
 しかし男はジュングの感情になど興味がないようで、力任せにジュングの仕立ての良いスーツやベストを剥いでいく。ビリビリと破れるのも構わずに肌を露出させる。
 スーツやシャツの高級生地が無惨に破れ、ボタンがあちこちに弾け飛んだ。残ったネクタイを無理やり引っ張られ、窒息するかと言うほど苦しく、結び目が解けたときにはジュングは気が遠くなっていた。
 霞む視界の中で、男はまだ緩んだままのイチモツに手を添え、ジュングの胸に擦りつけていた。
「……ぃ」
 声が出そうになったのはこみ上げる不快感からだ。息苦しさと相まって吐き気がする。
 ギドはジュングの胸の隆起や乳首にイチモツを前後になすりつけるように腰を動かし始めた。発情期の獣と同じだ。しだいに熱を帯びてくる生暖かく柔らかい感触に、ジュングは何度も嘔吐感がこみ上げてえづいたが、これから身に起きることはこれよりも遥かにおぞましい。
 いっそ殺せとも思うが、殺されてなるものかとも同時に考える。こんな行為は単なる暴行だ。どこかで形勢逆転する隙が出来るはずだ。冷静になれ、冷静に、と自分に言い聞かせていた。
 そうしているうちにギドのモノは首をもたげ、固く勃起した。前後に腰を揺する動きを止めると、ジュングの拘束された両足を見て振り返った。
「あ、アニキ……」
 ようやくギドは意味のある言葉を発した。
 ジュヒョンはギドの顔と、身動きできずに横たわっているジュングを見比べて意味を飲み込んだ。
「片足だけ外していいぞ」
 ギドは喜色を浮かべ、いそいそとジュングの足首とベッド柱を縛っているロープを外しにかかる。しかしきつく縛ってあるためびくともしない。ギドはイライラと癇癪を起こし始め、結び目を掴みながら低い唸り声を上げた。
 仕方なくジュヒョンは後ろのポケットに入れてあった中型ナイフを出し、革のシースを外した。ベッドの足元に近寄り、よく磨かれた刃をロープに当てる。
 ビッという音を立ててロープは一瞬にして切れた。ギドは手を叩いて喜んだ。ジュヒョンはその切れ味の良い刃をジュングに見せつけるように再びシースに戻す。
 自由になったジュングの片足は、感覚が戻る前にギドに掴まれた。期待に荒くなる息遣いが薄暗い地下に響く。
 ジュヒョンは目を細め、壁に立てかけてあった椅子を引き寄せ、腰掛けた。高みの見物といったところだ。
 ジュングは縛られた方の片足に引き下ろされたスラックスと下着が絡まるだけで、ほとんど裸同然で組み敷かれている屈辱を、噛まされた布を噛み締めて耐える。
 足元にうずくまったギドは、ジュングの片足を肩にかつぎあげた。猛ったイチモツをジュングの知りの間に押し込もうとする。
「ぐ、ぅ」
 ギドはただ乱暴に押し込もうとする。異物が侵入する痛みにジュングは目を閉じた。
「まだ薬が効いていないようだな」
 ジュヒョンは呟いた。
「ギド、ただおまえが一方的に楽しむだけじゃつまらないだろ。こいつにも良い思いをさせてやれ」
 ジュングはその言葉の意味を理解して青ざめた。初めて目に動揺を浮かべる。
「俺は、おまえに死ぬよりひどい恥をかかせてやりたいんだ。例えば、そうだな、女みたいによがるところを撮影してやろう」
 今になって思いついたように言うが、こんな場所を用意した以上、最初からそのつもりだったのだろう。ジュヒョンはベッドの横に三脚とビデオカメラを設置した。
 しっかりとジュングの顔と身体が映るように角度を調節し、録画ボタンが赤く点灯したのを確かめると、もう一度酒瓶を手に取り、ギドに向かって差し出した。
「これを使え」
 ギドは大きく肯いた」
「滑りもよくなって具合もいいだろ」
「あ、アリガトウ、アニキ」
 ギドは壊れた人形のよいに肯き続ける。不気味な動作にジュングは生理的な嫌悪感が増す一方だった。
 ギドは不器用な手つきでウィスキーの瓶の口をジュングの後孔に突っ込んだ。
「ぐ、ぅ」
 中に直接アルコールが入っていく。体内がかぁっと燃えるように熱くなり、火傷するような痛みが走った。
「ん――――っ」
 危険な兆候にジュングは呻いた。
 ギドは確かめるように指を二本無理やり押し込んだ。中でアルコールをくちゅくちゅとかき回し、反応を確かめる。
 直腸の粘膜がアルコールを吸収するのは早い。ジュングの雪のように真っ白い肌がみるみる赤く滲んでいく。
 全身が急激に怠く重くなった。腹の中の方からぐいぐい押されるような、抗えない感覚がせり上がってくる。
「う……う……」
 数分も立たないうちにジュングのモノは勃起した。それを確認したギドは指を引き抜き、自分のイチモツの切っ先を粘膜へ埋めた。
「ひぁ、あっ」
 熱い鉄杭のようなものが無理やり押し込まれるような感覚だ。
「ハァ、ァ」
 根元まで入るのも待たず、ギドは腰を前後に揺らし始めた。
「ハッ、ハッ、ハッ」
 壊れた玩具のように腰を動かし続ける。
「ふぅ、う、うーっ」
 ジュングは奥歯を食いしばって耐える。
 が、酩酊状態に陥った身体は、ぐったりと力が入らないかわりに、感覚だけが研ぎ澄まされる。ましてや、男の悦びを知らない身体ではない。一度無理矢理にでも火をつけられれば、生理的に排出されるまで置いたてられてしまう。
「ん、んっ、……んーっ」
 口を塞がれているのは幸いだった。
 さもなければあられもない喘ぎ声を漏らしてしまうところだ。見知らぬ獣のような男に貪られ、ジュングは興奮に屹立したものから先走りをこぼしていた。
「どうだ、この男の具合は」
 無惨に犯されるジュングをジュヒョンはせせら笑った。他の酒をグラスに注ぎ、高みの見物よろしく眺めている。
「イイ、イイヨ、アニキ、キモチイイ」
「そうか、それは良かった。壊れるのは気にせず好きなだけ犯っていいぞ」
 彼らのやり取りを聞きながら、ジュングははっきりと意識があることを恨んだ。内蔵を押しつぶされる痛みも違和感も辱めるための会話もしっかりと脳に響く。
 覚えておけ、調子に乗っていられるのもいまのうちだ。そう心のなかで誓うが、よだれを垂らした男に人形のように犯されていては格好もつかない。
「んぁ、あ、あ――――っ」
 呪詛のかわりに浅ましい声が漏れるだけだ。
 ギドは精力も底なしだった。射精してもまたすぎに回復した。何度も何度も腹の奥に精液を注ぎ込まれた。
 腹の奥に熱いものを吐き出されるたび、ジュングは屈辱に打ち震えた。
 いや、こんなものはソク組長の命令で見知らぬ男とした行為と変わらない、と自分で言い聞かせる。気色の悪い男も、女も、外国人もいた。
 それでも俺は平気で生き抜いてきたんだと。
 地獄のような苦痛はいつまでも続くかに思われた。いったい何度目の射精だろうか、ギドはひときわ大きいうめき声を上げながら中へ精液を注ぎ込んだ。何度も流し込まれたものが溢れ出ている。
 苦痛に朦朧としていたジュングの意識が浮かび上がったのは、離れたところで眺めていたはずのジュヒョンがベッドの脇に立っていたからだ。
「俺はこんな趣味などなかったんだが」
 血の気を失い、真っ白なジュングの頬を指で弾き、視線を上げさせた。生理的な涙で濡れたジュングの黒目に見つめられ、ジュヒョンはごくりと喉を鳴らした。
「ギド、どけ」
 射精をシて一息ついているギドにジュヒョンは言った。どう飼いならしているものなのか、ギドは従順に飼い主に場所を譲る。
 ジュヒョンは膝でベッドに乗り上げながらベルトを外す。長い間ジュングが犯されるところを眺めている間に滾ったイチモツを取り出した。
 ジュングの足を開かせると、溢れ出す精液と血液の混じったそこへ、先端をあてがう。
 蹂躙されたそこは、難なくジュヒョンを受け入れた。
「う……」
 奥まで埋め込んで、ジュヒョンはため息をついた。
「すげぇ、たまんねぇな」
 じっとりときつく絡みつく内壁を味わう。
 ジュングにとっては相手が変わろうが苦痛に何の違いもないが、ジュヒョンはジュングを犯す行為に異常に興奮しているようだった。
 いままでになく目をギラギラとさせ、せわしなく腰をゆすり始めた。
「ハッ、おまえも男に犯されるのが好きなんだろ? こういうのが、なぁ?」
 侮蔑の言葉を吐きながら腰を打ち付けるジュヒョンにジュングは首を横に振った。頭の動きが鈍くなってきているのは薬のせいだろうかと理性をかき集めながら言い返す。
「うるさい、黙れ、短小野郎」
「なんだと!」
 ジュヒョンはカッとなり、遮二無二腰を動かし始めた。
「う、ぅっ」
 ジュングは思考が鈍くなってきているのに、中の感覚だけ鋭く感じ、獰猛な男を奥へ奥へと飲み込もうと蠕動する。
「はっ、腰が動いてんじゃねぇか。淫乱が」
「うぁ、んっ」
 からかわれる通り、ジュングは薬のせいで乱暴なレイプにも快感を覚え始めていることを自覚する。
 腹の奥がじくじくと疼く。身体が熱く火照る。
「くそっ」
 このままじゃ反撃の機会を狙うことができなくなりそうで、ジュングは絶望の淵に立たされていた。
 その時だった。
 乾いた銃声が響いた。

 砕け散ったのは三脚の上のカメラだった。
 もう一発響いた銃声とともに、ジュングの上でジュヒョンが硬直し、くぐもった叫び声を上げた。


 二人の警官が地下の根城に侵入した。
 ギドは逃げ出そうと走り出したが、屈強な警官に体当たりを食らい、素早く手錠をかけられた。肩を撃ち抜かれたジュヒョンはベッドから転がり落ち、悶え苦しんでいる。もう一人の警官が彼に手錠をかけた。
 二人の警官を引き連れていたのはカン・ヒョンチョルチーム長だった。他に隠れている人間がいないか、部屋の中を歩き回って確認する。
「連れて行け」
 彼らに命じ、ベッドの傍らに立った。
「ひでぇところだと予想はしていたが、まさか、今夜の獲物がおまえだとは思わなかった。まったく、とんでもない連中だ」
 本来彼ら警察はタレコミを受けて、スナッフビデオの撮影場所に踏み込む手筈だった。裏で暴力団が関わっていることは掴んでいたが、ジェボム組との関係までは知らなかった。ベッドの上で裸で拘束されているのがイ・ジュングだとわかった上で、カン・ヒョンチョルは声をかけた。
「生きてるか?」
「……ぅ、……うぅ……」
 ジュングは弱々しく呻いた。
「よし、生きてるな」
 ヒョンチョルはジュングの左手を拘束している紐に手をかけた。結び目は固くちょっとやそっとの力ではほどけなさそうだとわかると、あたりを見回した。床に落ちているナイフを見つけて近づき、腰をかがめて拾う。
 革のシースを抜き、ついでにポケットから煙草を出して火をつけた。煙草を咥えながらベッドの傍に戻った。
 右足のロープを切る。それから右手、最後に左手のロープを切り、そのままベッドに腰掛けた。自由の身になったことに気づかないのか、ジュングは横たわったまま死体のようにぴくりとも動かない。
 ヒョンチョルはしばらく煙草を吸いながら待っていたが、しびれを切らしてジュングの頬をぺちぺちと叩いた。
「……さ、わるな」
 ジュングはその手を払い除けた。
「何だ、元気そうじゃないか。見たところ致命傷もなさそうだしな」
 ヒョンチョルはジュングの汗と精液にまみれた身体を舐め回すように見ると、よじれていたシーツを引っ張り、身体の上にかけてやる。
「……?」
 ジュングは怪訝な顔をしてヒョンチョルを見上げた。
「ガイシャは丁寧に扱うもんだろ」
「この俺が……被害者か」
 ジュングは鼻で笑った。
「違うのか? いまのおまえはどう見てもひでぇザマだ」
 ヒョンチョルは言う。
「見逃してやる。今おまえをしょっぴいても何もならねぇからな」
「…………」
 残り滓のようなプライドも傷つけられ、ジュングは目を細めた。
「どうした。苦しいのか。手下を呼んで病院に連れて行かせるんだな。おまえたちの息の掛かった病院があるだろう」
「こんなザマで行けるものか」
 ジュングは忌々しげに言い返した。この身体を見れば素人だってレイプされたことくらいわかる。部下たちにも迎えに来させたくないのだろう。しかし威勢よく言い返したわりに、ジュングは自由になってもベッドの上を動かない。
「立てないのか?」
 ヒョンチョルは聞いた。
「……おかしな薬を飲まされた」
「それで勃起してんのか。俺はてっきりこういうのが好みなんだと思ったぜ」
 とっさにジュングが身体を起こして殴りかかるのをヒョンチョルは受け止めた。
「ったく、面倒のかかるやつだ」
 ヒョンチョルはジュングの腕を掴んだまま離さない。煙草の煙を耳の付け根あたりにふぅっと吹きかけた。
「……っ」
 ジュングはびくっと背中を震わせた。それだけで感じるほど、薬の効果がピークを迎えている。
「アンタは、昔からいつもそうだ」
 ジュングは悔しさに口を尖らせて呟いた。
「そんなに俺を馬鹿にしたいのか」
 威勢はいいが、どこか泣きそうな響きを含んでいる。ヒョンチョルはジュングの頬をぺちぺちと叩いた。
「丁重に扱うと言っただろ?」
 その意味を図りかね、ジュングは目を見開いたが、しだいに困惑していく。
 カン・ヒョンチョルは笑みを浮かべ、煙草を床に捨てて靴の先で踏み潰すと、ジュングの腕を掴んだままベッドの上に押し倒した。
「よっこらせ、と」
 硬いベッドの上に四つん這いで乗り上げる。
「おまえが満足するまでつきあってやるから、どうして欲しいのか言ってみろ」
 ジュングは驚いて目を見開いた。
「…………」
「この期に及んで照れてる場合か」
「ちが……!」
 ジュングは腹立ち紛れにヒョンチョルの首に腕を回して引き寄せた。薬のせいだと頭の中で言い訳しながら、目を閉じてヒョンチョルの唇に自分のそれを押し付ける。
 乾いた唇を何度も舐める。わずかな隙間に舌をねじ込み、唇の裏の粘膜を舐め回し、ヤニだらけの歯列をこじ開けようとする。
 薄目を開けて見ると、ヒョンチョルの目が笑っているように見えた。そしてすぐに舌を招き入れられた。
「……う、はぁ……っ」
 舌を絡みつけ、こすり合わせ、強く吸う。
 自分とは違う煙草の味に頭がクラクラしてくる。
 ずっとこうしたかった。
 何十年も前からだ。
 キスに夢中になって首の後ろに回した腕に力を込めてしがみつき、少し前までの悲惨な状況などきれいに忘れそうだった。
 ヒョンチョルは食いつかれるようなキスに答えて、時折音を立てて唇を吸い返してやると、ジュングはひくひくと腰を震わせるので、その越しに手を回して撫で回した。じっとりと味わうような撫で方に、たえられなくなったのはジュングのほうだった。
 ずっとキスしていたい気持ちと裏腹に、体の芯が燃えるように疼く。仕方なく口を離すと、溢れた唾液が顎をつたい落ちた。
 すっかり箍が外れているのを自覚する。もはや立場など関係がない。どうにでもなれと残っていたプライドも理性も手放した。
 ヒョンチョルの服に手をかけたが、脱がすのも面倒でそのまま手を這わせて、無精髭の伸びた顎に歯を立てて甘噛する。
「ちょっと待て、こっちも脱がせろ」
 一度ジュングを押しのけ、起き上がったヒョンチョルがシャツを脱ぎ始める。その間、ジュングはヒョンチョルのベルトに手をかけて引き抜き、下着ごと下ろしながら、下腹に顔を埋めた。
「うぉっ?」
 さすがにヒョンチョルも予想しなかった行動に驚く。
 しかし理性が吹き飛んでいるジュングは茂みの下から太くずんぐりとしたイチモツを掻き分けて掴み、横から吸いついた。
「おい」
 ヒョンチョルが呆れるのも無視し、ちゅ、ちゅ、と熱心にキスを繰り返す。余すところなくキスをすると、今度は舌を出して根元から舐めあげる。
「くっ……」
 柔らかい袋にもキスし、ちゅるりと口の中に含む。細かいシワを伸ばすように口の中で転がしながら、両手で竿を性急に扱いた。
「ふ」
 巧みな愛撫にヒョンチョルのそれはむくむくと頭をもたげ、十分な硬さになると、ジュングは口を開けて先端を咥えた。
「んっ……んっ、んっ……」
 舌先で浮き出た血管をなぞり雁首を舐め回す。口の中でせわしなく舌を動かしながら先端の敏感なところを上顎の奥に擦り付ける。上下に頭を動かしながら喉の奥まで飲み込んだ。
「うっ」
 ヒョンチョルは呼吸を荒くしてジュングの頭を掴んだ。
「おいおい、加減してくれ。俺をいくつだと思ってるんだ。一度出したら次まで時間がかかるんだぞ」
「う……」
 ジュングは仕方なく口からそれを離した。
「そのかわりおまえはいくらでもイケそうだな」
 ヒョンチョルは笑い、再びジュングを硬いベッドの上に仰向けに押し倒した。
「あっ……!」
 背中にシーツが触れるだけで声が出るほど感じる。頭のてっぺんから爪先まで性感帯になったようにほんの少しの刺激でも感じてしまい、気が狂いそうだった。
 右の太腿に咲く可憐な花の入れ墨さえ色づいて疼く。ヒョンチョルは桃色に色づいているジュングの胸に手を伸ばした。
「んんっ」
 ぷくりと膨らんだ乳首を指で弾く」
「あぁっ」
 それだけでジュングは切羽詰まった声を上げた。ヒョンチョルは指の腹で両方の乳首を捏ねる。
「……ふ、ぁ、……あっ」
 人差し指と親指で摘んで擦ると、ジュングは困惑したような声を上げ続けた。
「あーっ、あっ、あぁっ」
 乳首だけでイッてしまうんじゃないかと思われ、ヒョンチョルはなるべく力をいれないように、優しい加減で乳首をこね回す。それが余計に狂おしい快感になった。
「ひぃ、あ、あぁーっ」
 射精することしか考えられなくなっているぼんやりとした目で、ジュングはヒョンチョルを見上げている。
 ひどく幼い不安定な表情に、ヒョンチョルはまるで子供にイタズラをしているような後ろめたい気分にさせられた。昔から体格は良かったが、幼さが抜けない。
 さんざん弄んだせいで赤く腫れた乳首に舌を這わせると、ジュングは身をよじって悶えた。
「あ、あ――っ、あふっ」
 音を立てて吸うと、ジュングは声も出せずに首を振った。さすがにつらそうかとヒョンチョルは反り返って先走りに濡れているジュングのモノを手で握り、上下にゆるく擦ってやる。
「あ、ぁ、はっ」
 雁首を親指の腹で撫で回すだけで自ら腰を揺らして無意識に誘う。
「あっ、あ、あ」
「一回イッとくか?」
「えっ?」
 そう言ってヒョンチョルは輪っかにした指で素早く上下に扱きながら、もう一方の手で先端の窪みをえぐった。
「あっ! あ――――っ!」
 ジュングは大声を上げて白濁を噴き出した。手だけでイカされ、顔と目を真っ赤にして息をついた。それでもまだ半勃ち状態で、薬の効果は絶大のようだ。
「よしよし、起き上がれるか?
 ヒョンチョルはジュングの背中に手をまわし、身体を起こさせると、ベッドの上に投げ出した膝の上に腰を掴んで座らせた。
「こっちは大丈夫なのか? 痛くねぇのか」
 背骨を下り、尻を撫で、その奥の奥に触れた。粘膜は燃えるように熱い。
「痛くは、ない。……熱い」
「本当か?」
 ヒョンチョルが中指を押し込むと柔らかいそこは沈むように受け入れる。入り口をかき回すように動かす。
「あぁっ、あっ、やっ」
 ジュングはまたヒョンチョルの首に腕をまわしてしがみついた。むず痒い感覚が浅いところから這い登り、腹の奥がじくじくと疼く。
「ふぅ、う、は、やくっ」
 ジュングは切羽詰まった声で急かした。
「わかったわかった」
 ヒョンチョルはジュングの腰を両手で掴み、持ち上げさせると、自分の屹立の上に宛てがい、沈ませていく。
「ひ、ぃっ、いっ。んっ」
 ゆっくり深く入っていく感覚に、ジュングは喉を反らせて啼いた。
 さっきまでの蹂躙される行為とは全く違う。
 欲しくて欲しくてたまらなかったものを与えられる悦びに全身が打ち震える。
 根元まで全部咥え込み、ヒョンチョルは円を描くように腰を揺らし始めた。
「はぁっ……あっ……」
 夢みたいな快楽が襲ってくる。
 どこまでが薬のせいかわからないが、少なくともずっとジュングが望んでいた行為には違いなかった。
「あ、あ、もっと」
「イイか?」
「イイ……あ……イイから、もっと」
 欲しくて欲しくて気が狂いそうになる。
「ほんとにおまえはいつまでたってもガキみてぇだな」
 耳元に囁かれ、ジュングは再びヒョンチョルの唇に吸い付いた。舌を絡みつかせながら自らも腰を揺する。ゆるい快楽じゃ足りなくなってきて、ヒョンチョルの背中に爪を立てた。
「いってぇな」
 ヒョンチョルは苦笑して、一度腰を引き抜いた。
「あっ」
不満の声を上げるジュングの背中を再びベッドの上に横たえる。
腿の裏を掴んで両足を思い切り広げさせた。ジュングは自分で膝の裏に腕をかけ、自ら脚をきく開いた。真っ白いはずの腿裏が赤く染まっている。涙で濡れた黒い瞳で続きを乞われ、ヒョンチョルは内心ですっかり降参していたが、熱に羽化されたジュングがそれに気づくはずもなかった。
「行くぞ」
 ヒョンチョルは再び先端をジュングのそこへ埋めた。浅いところでこね回す。ジュングは物足りなくて両手両足で足掻く。
「あ、や、もっと……!」
 乞われるままにヒョンチョルは奥へ侵入する。腹の方に向かって擦り付けるように突き上げる。
「はっ、あぁっ、あんっ」
「いいか?」
「い、……ぐ、ぐす……っ」
 ジュングはとうとう快感のあまり啜り泣きを漏らし始めた。
「泣くほどいいか」
 ヒョンチョルは舌なめずりをして、ゆっくりと奥で円を描くようにかき回す。
「あ、うぐ……ふっ……」
 ナカの深いところをぐりぐり擦りながら、覆いかぶさって濡れた頬を唇につけて涙を啜った。
「ひぁ、あ……、あ」
 ジュングはヒョンチョルの首の後ろに両腕でしがみつき、白髪交じりの髪を掴んだ。
「どこまでも凶悪な奴だな」
 髪を引っ張られてヒョンチョルは苦笑いする。きれいに筋肉のついた立派な体格も、いやらしく男を咥えて離さないぬかるみも、赤ん坊のように泣く声も、すべてがアンバランスで、全てがイ・ジュングを構成する要素だった。
 ヒョンチョルは舌を巻いて呟いた。
「くっ、こっちがちぎり取られちまう。よし、覚悟しろよ」
 今までとは打って変わってヒョンチョルは激しく腰を動かし始めた。
「あっあっ!」
 ぎりぎりまで引き抜いて突き上げるような腰使いにジュングは奥を突かれるたび、身も世もない声を上げた。
「い、いいっ、奥っ、あっ、あーっ」
 ジュングは両脚をヒョンチョルの腰にぎゅうと絡みつける。
「あ、い、イクぅ」
「俺も限界、だ……」
 ジュングがイクとナカで搾り取られるようにヒョンチョルは射精した。叩きつけられるように濃いほとばしりを受け止めて、ジュングはその熱さに震えた。
「ひぃ、ぅ……っ」
 長い絶頂にジュングはいっそうヒョンチョルにしがみつく。口を開けて求めると、ヒョンチョルは応じ、キスをしながらジュングはだらだらと射精した。
 激しく前と後ろの両方でイッたジュングだったが、脱力するとヒョンチョルに寄り添ったまま余韻で時折びくびくと痙攣していた。
「ま、まだ……、もっと、もっ……と……」
 熱に浮かされたようにジュングは呟く。ヒョンチョルは喉の奥で苦笑した。
「好きなだけ甘えろ。どうせ今だけだ。朝になったらきれいさっぱり忘れりゃあいい」
 そう言ってジュングの赤く腫れて濡れた唇を音を立てて強く吸った。

 甘く残酷な夜が明けるにはもう少し――。

おしまい

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