パイロットは体力が資本というが、その中でもジェヒョクは体を作り込んでいるほうだ。
仕事から離れている間も、自重トレーニングで筋力は保っていたようだが、今はトレーニングジムに通っている。そのジムに、俺も通うことにした。
そのジムは紹介制なので、初回は二人で一緒に行くことになった。
「しかしよく気が向いたな。前まで、そこまでしなくていいって言ってたのに」
インストラクターの指導を受けて、マシントレーニングをひと通り終えた後、ジェヒョクは言った。
確かに、俺は俺で毎朝のランニングなどは欠かさないでいたので、じゅうぶんだと思っていたのだが、気が変わったのだ。
「ちょっと体を鍛えておいたほうがいいかと思って」
「なにかあったのか?」
ジェヒョクは眉をひそめる。
俺はためらいがちに答えた。
「最近、視線を感じるんですよ。誰かに後をつけられているような」
「えっ、ストーカーか?」
「ちょっ、ストーカー?」
ジェヒョクが大声を出したので、俺はしーっと口の前に指を当てて静かにさせた。
「そんなんじゃありませんよ」
「じゃあなんなんだ?」
「心霊現象ですよ、きっと」
俺は答えた。
「はぁ?」
「だから筋肉をつけたいんですよね、心霊に勝つには筋肉しかないと」
「誰が言ったんだそんなこと」
ジェヒョクは頭を抱えた。
「俺は時々おまえがわからなくなるよ……」
そう言いながら次のマシンに向かっていった。
トレーニングをしているジェヒョクの真剣な姿はかっこよくて思わず見とれてしまうが、あんまり見ているとムラムラしそうだったのでやめた。
目が会った時、ジェヒョクも気まずそうに目をそらしたので、きっと同じだと思いたい。そうじゃないと俺一人が変態みたいじゃないか。
そんな葛藤を抱えているうちに、ジェヒョクも決まったメニューもをこなしたので、トレーニングを終えることにした。
「今日は妹さんが家に来てるんですよね?」
「あぁ、スミンが喜んでたよ」
ジェヒョクの妹はバリバリのキャリアウーマンで独身だ。そのせいか、スミンを我が子のようにかわいがっているという。たまの休みに遊びに来ると、女同士気が合うようで、ジェヒョクの居場所がなくなるとさえ言っていることがあった。
「じゃあ、うちに寄って行きませんか?」
俺が聞くと、彼はウィンクをして答えた。
「最初からそのつもりだった」
「なんだ」
俺は笑った。
その後シャワーを浴びて着替え、外に出ようとすると、ジムの受付で声をかけられた。
「チェ・ヒョンス様、会員証をお渡しします」
「あ、どうも」
「それから、こちらは入会特典の割引となっておりまして……」
入会に関する諸々の紹介が長引きそうだったので、ジェヒョクは言った。
「先に外出てるぞ」
「はい」
そのため、俺の方が後から車を駐めてある駐車場に行ったのだが、車の前まで辿り着いて驚いた。
ジェヒョクが一人の男を取り押さえていたのだ。
「どうしたんですか? その男は?」
すると、ジェヒョクは決して捕らえた腕を離さないように押さえつけたまま言う。
「おまえにストーキングしてた奴つかまえたぞ」
「えっ」
「車の前をうろうろしたり、写真を取ったりしていたんだ。スマホを見たら、他にもおまえの写真が大量に保存されていた」
俺は傍らに落ちていたスマホを拾った。
カメラロールが開いたままになっていて、確かに空港での俺の写真が秒刻みで大量に撮影されているのでぞっとした。
しかしさらに驚いたのは、その男の顔に見覚えがあったからだ。
「あっ、キム・ギヒョク機長じゃないですか!」
「そうだ、おまえにセクハラしてた奴だ。とうとうストーカーまで」
ジェヒョクが追求するとキム機長は焦って言い返す。
「ちっ、違う! 最初に近づいてきたのはチェ副操縦士のほうだ!」
「はぁ?」
指を差されて指摘され、俺は首を傾げた。
「何の話ですか?」
「君はわざわざ遠く離れた私のお気に入りの食堂までやって来たじゃないか。私に好意を持っているからだろう! だから私も気になって……」
びっくりした。先日、都内の食堂で偶然出会ったことを言っているのか。
「あれは本当に偶然ですよ。キム機長がいるなんて知らなかったんです」
すると、キム機長はあからさまにがっかりした顔つきになった。
「……じゃ、じゃあ、チェ副操縦士は私のことをなんとも思っていないのか……?」
「そうです」
俺はきっぱりと言い、ジェヒョクに腕を離すようにお願いした。ジェヒョクはキム機長を解放しつつ言った。
「大丈夫なのか? 一応会社には報告するか?」
「それだけはやめてくれ!」
顔面蒼白になったキム機長に、俺は冷静に言う。
「今回は見逃してあげますから、とっとと帰ってください。あ、写真も削除してくださいね」
「わ、わかった……」
意気消沈したキム機長はがっくり肩を落とした。
ジェヒョクが目の前で写真の削除を要求したので、しぶしぶカメラロールから俺や俺の車の写真を削除した。それから、とぼとぼと自分の乗ってきた車の方に去って行った。
車が見えなくなった頃、ジェヒョクは俺に向かって言った。
「まったく、どこが心霊現象だ」
「はぁ、まさか俺を狙う男がいたなんて」
俺は肩をすくめて答えた。
「いるんだよ! あんまり心配させないでくれ、ヒョンスや。俺の心臓が持たない」
ジェヒョクはその後もずっと俺のことを「心配だ、心配だ」と呟いていた。
引っ越したばかりの俺の家は、まだダンボールが残っている。けれど、それ以外はこまめに片付けているので、いつ人が来ても恥ずかしくはない。
「相変わらず、何もない部屋だな」
ジェヒョクは言った。
一度、引っ越しの日に手伝いに来てくれているので、勝手知ったるという感じだ。
「こだわりがないんですよね。趣味もないし」
そう言うと、ジェヒョクはにやりと笑って言う。
「俺を趣味にすればいいさ」
「どういうことですか、それ」
俺も笑った。
「もうじゅうぶんあなたにリソースは割いてると思いますけど」
「そうか? それは光栄だな」
ジェヒョクは近づいてきて、顔を間近に寄せた。
キスしようとする。
「あ、ちょっと待って」
俺は手を伸ばして、妻の写真を飾っている棚の上の写真立てを裏返した。細かいが、いちいちこうしなければ気が済まない。
「オーケイ」
ジェヒョクもそれは承知している。
そうして妻の目を隠して、寝室のドアを開けた。
「なんだか今日は運動ばっかりしてるな」
「健康で理想的な生活じゃないですか」
「そりゃそうだ」
ジェヒョクは肯いて、両手を広げて俺を抱きしめてきた。改めてキスをする。唇を吸われ、舌を絡め取られた。舌をすりすりしながら、お互いの服を脱がす。これは遊びみたいでいつも笑ってしまう。
「こら、真剣にやれ」
「あなたも笑ってるじゃないか」
そんなことをいいながらキスをしたり服を引っ張ったりする。ついにはもつれあって、どさっとベッドに倒れ込んだ。
勢い余って、ジェヒョクは俺の頬や、耳や、鎖骨に吸い付いてくる。キスというよりマーキングだ。動物のそれに近い。
確かにセクハラだのストーカーだのの騒ぎまで何も気づかなかった俺が悪かった。
反省しながら、ジェヒョクのマーキングに甘んじていると、彼はたずねた。
「ローションは持ってるか?」
「あぁ、ありますよ」
ベッドサイドの棚からボトルを取って渡すと、彼はじっとその中身を見て言った。
「減ってるな……一人でする時使ってるのか?」
「そ、そんなこと言わなくたっていいでしょう!」
これでは答えてしまってるも同然だが、俺はめいっぱい答えるのを拒否した。
「そうか。まぁいいけど」
すると、甘えるように額を首にすりつけてきて、乳首を舐めだした。
「……あっ♡」
小動物が水を飲むみたいに舐められて、俺は感じてしまい、声を上げた。
ジェヒョクは乳首を舐めながら、下半身に手を伸ばして俺のちんぽを扱く。
「あっ♡ あっ♡」
気持ちよく喘いでいると、ジェヒョクは唐突に言い出した。
「続きは、一人でしてみてくれないか?」
「はぁ?」
戸惑う俺の手に彼は手を重ねて、ちんぽを握らせる。そして促すように手を滑らせた。
「な、なんで」
「だって見てみたいから……」
ジェヒョクが子供のように口を尖らせて言うので、思わずかわいいと思ってしまった。
「頼むよ。ほら」
彼は俺の空いている方の手にローションを手渡した。
「う、うーん」
甘いと思いつつ、むずむずする下腹が我慢も出来ないので、俺はしかたなくちんぽを握った手を動かし続けた。
「……見てたって面白くないですよ?」
そう言っても、ジェヒョクはじっと見てくるので、俺は目を伏せた。
自分でする時を思い出しながら、片手を動かす。
「……んっ♡ ……んっ♡」
だが、それだけではイケないので、俺はローションの蓋を空け、中身を指に絡めて、ちんぽを扱きながら尻の間をいじり始めた。
「……は、ぁ♡」
くちゅくちゅ恥ずかしい音が鳴る。
指を挿れて浅いところを触るだけならできるが、自分ではもっと良いところを触れない。そのかわり前を扱いて射精して終わるのがいつものやり方だ。
「んぅ♡ うぅっ♡」
なるべくジェヒョクの存在を忘れるように、集中するつもりだったが、やっぱり無理だ。
「……そ、そんな近くから鼻息荒く見られてたらイケるわけないだろっ」
「うっ、すまない。つい興奮して……」
身を乗り出して見ていたジェヒョクは、我にかえって後ずさったがもう遅い。
しかし彼は熱っぽい調子で言う。
「すごく良かった。色っぽくて」
俺は真っ赤になった。
「そんなこと……」
「でも、やっぱり俺が挿れたい」
そう言ってジェヒョクは、立派なちんぽを俺の目の前に突き出した。俺はごくりと唾を飲み込む。
「う、うん」
両足をそっと開いた。
ジェヒョクは俺の脚を抱きかかえるようにして乗り上げる。ちんぽの先が俺の尻の穴にあてがわれて、体重をかけるだけでぐいと中に入ってくる。
「んんっ♡」
一番太いところが入ると、あとはぬるぬるとローションのぬめりを借りて奥まで入ってくる。深いところまで体を開かれ、奥に届くと、俺の体は悦びにうち震えるようになってしまった。
「動くぞ」
「あっ♡」
俺の自慰を見たジェヒョクはいつもより興奮していて、抑え切れないように腰を動かし始めた。
「あっ♡ あっ♡ はや♡ いっ♡ あっ♡」
容赦なくガンガン奥を突かれて、俺はひっきりなしに喘いだ。
「はぁっ♡ あっ♡ あん♡ あっ♡ あーっ♡ いいっ♡ きもちいっ♡」
「そろそろイクか?」
「んっ♡ イクっ♡ イキたいっ♡ 機長っ♡♡」
「よし、副操縦士、ソフトランディングだっ」
ジェヒョクは囁いて、腰をひねるように回した。
「あぁっ♡♡ あぁぁ――――♡♡♡」
ジェヒョクも同時に射精して、俺たちは隙間なく抱き合った。
疲れ果ててうとうとしてしまっていた時、隣でジェヒョクが言った。
「なぁ、俺のお願いを聞いてくれるのは嬉しいけど、甘すぎやしないか?」
「はぁ? 自分で何言ってんだ」
目の前で自慰をしてみせたことを言っているのだろうが、俺は怒るより呆れた。
「いや、そうなんだが、あまりにもおまえがチョロすぎて、また心配になってきた」
失礼なことを言われた気がしたが、俺も一応ジェヒョクには、砂糖みたいに甘ったるい自覚はある。
少し考えて、しおらしい振りをして言い返す。
「……そんなの、あなたにだけですよ?」
すると、ジェヒョクはぽかんとして口を開けると、嬉しそうに破顔した。
「そうか! 俺だけにか」
これだけのことで喜ぶジェヒョクも相当『チョロい』と思ったが何も言わなかった。
ジェヒョクはニヤニヤして、俺をゆるく抱きしめてゆらゆら揺れる。俺も心地よい疲労感に満足して、されるがままになっていた。
おしまい