寂しい夜には

「よく寝てるな」
 ぐっすり眠っているスミンの顔を覗き込んで、俺は毛布をかけなおした。
 ぬいぐるみだらけの子供部屋から出て、リビングのソファに戻る。
「おまえもスミンの相手をしてくれて疲れただろう」
 傍らに座っている男に向かって俺は労いの言葉をかけた。彼は笑って言う。
「いやぁ、あれくらいなら全然ですよ。俺も最近あなたを見習って鍛えているので」
「そうか? 最近スミンはすっかり縄跳びにはまってしまって、跳んで見せるだけならいいものの、人を巻き込むから大変だ」
 娘のパク・スミンは事件後すっかり元気になった。
 あんなに無口だったのに、よく喋るようになり、積極的に友達と外遊びするようになった。怪我の功名と言えるだろう。
 俺もすっかり良くなった。体力的には前から衰えていなかったが、精神的に回復した。
 バイオテロ事件での着陸で自信がついたせいか、心理的に安定している。パニック発作の薬もいらなくなった。飛行機に乗ることも操縦することも、恐怖感を感じない。それどころか、操縦席こそが俺の場所だというような気がしていた。もちろん主治医や産業医と相談して、現場復帰にお墨付きをもらっている。来月から復職予定だ。
 それもこれも、隣にいるこの男のおかげだ。
 チェ・ヒョンス。可憐な目鼻立ちをしたこの生真面目な男が俺の精神安定剤だった。
 事件の渦中に、この男に急速に惹かれてしまった。もし無事に生きて帰れたら、彼を手に入れようと心に誓っていた。
 無事(でもないが)帰還出来て、実際にちょっと、いやかなり強引な方法で彼を手に入れた。仕事以外はぼうっとしている奴だからいけるかもと思ったのだが本当にいけたのでこっちのほうがびっくりした。俺が言うのもなんだが、いろいろと心配だ。
 何はともあれ、ヒョンスのほうがその気になってくれたおかげで、俺たちはお互いの予定が合う限り会うようになっていて、スミンともうまくやっている。
 事件前はこんな穏やかな日々が来ることなど想像していなかった。幸せを噛みしめる。
 ふとヒョンスを見ると、今日の彼はいつもよりお洒落をしている気がする。前髪も下ろしてセットしている。
「そういえば今日は用事のついでに寄ったって言ってたな。何かあったのか?」
 好奇心からたずねた。
 ヒョンスはためらいがちに答えた。
「……今日は結婚記念日なので、妻に会ってきました」
 聞かなければ良かった。
 俺はどんな顔をすればいいのかわからなかった。
 それをどう受け取ったのか、彼は言い直した。
「あ、納骨堂に行ってきたんですよ」
「もちろん、わかってる!」
 俺は怒ったように言い返してしまった。だめだ。動揺しすぎてしまった。
 ヒョンスの妻は事故の犠牲者だが、機長だった俺が殺したようなものだ。
 彼自身もそのことでずっと俺を憎んでいた。
 わだかまりが溶けたとはいえ、俺たちを結びつける残酷な因縁だ。
 それなのにどうして……。
「どうしてそんな日にここへ来たんだ?」
 率直な思いをぶつけると、ヒョンスは眉を下げて悲しそうに微笑んだ。
「どうしてでしょう。無性にあなたに会いたくなってしまって……すみません」
「あやまることじゃない。心配しているんだ。俺がさらにおまえを傷つけていやしないかと」
「そんなことは決してありません」
 ヒョンスはしっかりした声で答えた。
「ただ、俺だけがこんなに幸せでいいのかと疑問に思って……」
 泣きそうな顔で笑う。
 俺は胸が張り裂けそうになった。
 彼にこんな顔をさせてしまう原因は間違いなく俺だ。
 申し訳なくて、でも抱きしめていいのかわからなくて、両手を宙に浮かせていると、ヒョンスは言った。
「抱いてください」
「え……」
「俺を、めちゃくちゃにしてください」
 目尻に涙を浮かばせてこんなことを言われて、平静でいられる男が果たしているだろうか。
 当然のごとく、俺の理性は崩壊した。

「あ♡ もっと♡ 強く……♡」
 そう煽られて、俺はヒョンスの乳首に歯を当てた。甘噛みするようにしたり、きつく吸ったりすると、彼は満足そうな溜息を漏らした。
 今夜は痛いくらいの愛撫のほうが良いらしい。
 目を閉じたヒョンスは苦しそうに見えたが、下半身はしっかり勃っているので感じているようだった。
 乳首を可愛がりながら、脇腹を撫でさすったり、下腹の茂みをかき混ぜたりする。
 ヒョンスはどこもかしこも感じやすい。普段生真面目な顔の下に、こんないやらしい身体をしているなんて興奮する。
「あっ♡ あ♡ あ♡ そこ♡ いいっ♡」
 性感帯を指で触るか触らないかの微妙なさじ加減で撫でるたびに、彼は腰をくねらせて喘ぐ。その仕草にすっかり挑発された俺は、負けじとヒョンスのちんこを手で握り、亀頭を口に咥えた。
「あぁっ♡♡」
 ヒョンスは感極まった声を上げた。
 彼は亀頭を舐められながら、尻の穴をいじられるといっそう乱れるのを俺は知っている。だから俺はローションをたっぷりつけた指で後ろの穴に手を伸ばした。指で皺のひとつひとつを伸ばすように広げてやる。繰り返しているうちにいつのまにかそこは柔らかく俺の指を受け入れるようになる。
「あっ♡ だめ♡ 機長♡」
 指を挿れて、浅いところをぐりぐりいじるだけで、ヒョンスは泣きそうな声を上げた。
 彼はベッドの上で俺を機長と呼ぶ。だから俺も「副操縦士」と呼び返してやる。
「副操縦士、こうされるのが好きなんだよな?」
 なんとなく背徳的な気分になるから悪くない。
「ん♡ きもち♡ いっ♡ あぁっ♡ そこっ♡」
 俺は亀頭を吸いながら指を二本挿れて出し入れする。
「あっ♡ あぁっ♡ んっ♡ あっ♡ あっ♡」
 ローションがじゅぶじゅぶと音を立てる。指で前立腺を触ってやると、ヒョンスはあられもなく身悶える。
「機長♡ 機長……♡」
「ヒョンスや。副操縦士、かわいいな。かわいい」
 俺は思わず、という感じでつぶやく。
「……えっ? あ♡ あんっ♡ あ♡」
 ヒョンスはよくわかっていないで喘いでいる。
「も♡ 挿れてっ♡ 挿れてくださいっ♡♡」
 せがまれて、俺は肯いた。
「副操縦士、こっち向いて」
「え……」
 ヒョンスの身体をひっくり返し、俺は後ろから彼の尻をわしづかんだ。
「あっ♡」
 彼は恥ずかしそうに小さな声を上げた。
 俺はそのまま尻を開かせて、ちんこの先を一番奥まった部分へあてがった。
「ん……っ♡」
 身を縮めて覚悟するヒョンスの中は、しかし指での愛撫でぐずぐずになっていて、俺のちんこをやすやすと受け入れてくれる。ずぶずぶと無遠慮に挿入していって、根元まで入ったところで、俺はひと息ついた。
「ふぅ」
 あたたかいぬかるみがまとわりついて締めつけてくる感触に下腹を引き締める。そうでもしないとすぐに射精してしまいそうだ。
「いいか、動くぞ」
 返事を待たずに、俺は腰を動かし始めた。
「あっ♡」
 ちんこを限界まで引き抜いて、一気に奥を突く。
「あぁっ♡」
 ヒョンスは上ずった声で喘いだ。
 浅いところも前立腺も感じるけれど、本当に好きなのは奥のほうなのを知っている。
「副操縦士の好きなところ、いっぱい突いてやるからな」
 そう言って、俺は腰を何度も打ち付ける。
「あっ♡ あぁっ♡ あっ♡ あっ♡ あんっ♡」
 奥を突くたび、ヒョンスはあられもなくよがる。
 この姿が見たかったのだ、と俺は悦に入る。
「あっ♡ あんっ♡ あ♡ 機長♡ あ♡ あっ♡」
 俺は腰を打ち付けながら、興奮して、ついヒョンスの白い尻を手のひらで叩いてしまった。乾いた音が部屋に響いた。
「あぁっ♡♡♡」
 と、同時に、ヒョンスは感極まった声を上げた。
「……今の、良かったか?」
「そ、そんなことはっ」
「良かったんだな、よし」
 俺はもう一度手のひらで小気味よく尻を叩いた。パンッと音が響く。
「あぁぅっ♡♡」
 ヒョンスは明らかに感じていた。身体を震わせて、ナカをきつく締めつけてくる。
 俺は何度も彼の尻を叩いた。そのたびにぎゅうぎゅう締めつけられる。
「あっ♡ あぁっ♡ イクっ♡ イッちゃうっ♡♡」
「イッていいぞ、副操縦士」
 俺はひときわ強く尻を叩いた。
「あ♡ あ―――っ♡♡♡」
 ヒョンスはベッドに頭を突っ伏して、絶頂を極めた。
 しばらくの間、硬直と痙攣を繰り返す。
 イッてる間はつらいだろうから動かないでいたが、だんだん我慢できなくなってきた。
「う、悪いっ」
「あっ♡♡♡」
 俺が腰を小刻みに動かし始めると、ヒョンスは苦しそうに呻いた。
「だめっ♡ 機長♡ イッてる……から……♡」
 そう言われても止められなくて、俺はだんだん動きを激しくしていった。
「あっ♡ あぁっ♡」
「すまない、副操縦士」
 俺はひとこと謝って、射精を始めてしまった。

 俺はタオルで体を拭いてやりながら、ぐっすり眠っているヒョンスを見て安心した。
 薄闇の中で見るヒョンスの顔立ちは彫刻のように整っている。
 思わず見とれてしまって、はっと我にかえった。
 すっかり骨抜きにされているな俺は、と苦笑する。
 タオルを置いて、俺もヒョンスの隣に横になった。
 ふと、何故こんな日に彼が俺に会いに来たのかわかったような気がした。
 きっと、寂しくなったんだな。
 寂しい夜には、激しく抱き合うのも大人のやり方ってものだろう。
「いつでも会いに来ていいんだぞ」
 そう耳元に囁いたが、健康的な寝息が返ってくるだけだった。
 俺はヒョンスを後ろから抱きしめるようにして眠りについた。

おしまい

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