1.告白
その夜、酔っ払ったチェ・インヒョクを送っていく役目は、ミヌが引き受けた。インヒョクは酔いが回るのが早かったが、日頃の疲れが溜まっていることを考えれば、当然のことでもある。
シン・ウナにメモしてもらった住所までタクシーに乗り、足元の頼りない教授に肩を貸してマンションの部屋の前まで着いた。
「鍵はどこですか?」
「ん、どこだったかな」
眠そうな声で答え、インヒョクはごそごそとポケットを探る。
ミヌは一緒にポケットの中へ手を突っ込み、先に鍵を見つけた。
「あった。ありました」
無事、ドアを開けられたミヌは、部屋の中へインヒョクを引きずって入る。
電気のスイッチはすぐに見つかった。目の前の部屋がリビングで、そこにあったソファに寝かせようと一瞬迷ったが、寝室を探してベッドまで連れて行った。
「着きましたよ」
ミヌはインヒョクの体をベッドに横たえた。
教授はされるがままに仰向けでマットレスに沈んだ。
「あ……、気をつけて帰れよ」
ちゃんと意識はあるようなので、ミヌはふぅと息をついて見下ろした。
酔ったインヒョクはいつも以上に無防備に見える。二人きりの部屋でじっと見下ろしていたら変な気を起こしそうだと危機感を抱き、ミヌはわざと事務的な声を出した。
「教授、水飲みますか?」
ううん、とどっちとも取れる返事が返って来たので、勝手にキッチンに入り、コップに水を入れて戻った。
「ここに置いておきますから、飲んでくださいね」
ベッドサイドにコップを置き、背を屈めてインヒョクに言い聞かせる。
席をはずした隙に、眠りに落ちてしまったようだ。規則的な呼吸が聞こえる。
「じゃあ、帰ります」
そう告げたが、ミヌはその場を立ち去り難かった。
「教授」
今夜はミヌも酔っている。いつもより気が緩んでいる。
だから、想いが溢れるのを止められない。
「好きです」
口に出したら恥ずかしくなった。
気持ちを告げて、何を期待することがあるのだろうかと自嘲する。
一方的な、ただただ一方的な想いだ。
ミヌは溜息をついて寝室を出ると、電気を消してインヒョクの自宅を後にした。
滅多にない、ふわふわとした夜の出来事だった。
自己満足でも、気持ちを告げられたことは幸せだった。
それだけで、この後のきつい勤務へのモチベーションが上がるはずだった。
その数日後。
回診を終えて戻るインヒョクの後を話しながらついていく。
患者への指示を聞き終え、ミヌは一礼して部屋を出ていこうとした。
「イ・ミヌ」
背中に向かって呼びかけられ、ミヌは足を留めて振り向いた。
「はい」
「こないだの飲み会のあとの話だが」
ミヌは首を傾げた。
飲み会の後というと、インヒョクは酔っていてロクに会話をしていない。
一方的にミヌが言ったことなら……。
告白に思い至り、ミヌは青ざめた。
「えっ、まっ、まさか、お、覚えてるんですか!?」
あの日のことは他のことも忘れていたようだし、ましてや眠りに落ちる直前のことなど聞こえていないだろうと思って完全に安心していたのだ。
「……忘れてたが思い出した」
インヒョクは淡々と答える。ウナの婚約者との食事の約束をしたことは全く覚えていないが、ミヌの言葉は聞こえていた。朝起きて、頭の片隅にミヌの低い声が残っていた。
「忘れていたほうが良かったか?」
インヒョクはミヌを見上げて尋ねた。
ミヌは思わす首を横に振る。
本当は知ってほしい。
どれだけ僕があなたを想っているか。
どれだけ焦がれて、触れたい衝動を我慢しているか。
知ってほしいけれど、拒否されるのは苦しい。
「それじゃあ、どうしたいんだ?」
患者の症状を聞き取るときのように、インヒョクは落ち着いて尋ねた。
まるで誘導されるように、ミヌは本音が口を突いて出る。
「つ、つきあってください!!!」
「わかった」
ミヌは耳を疑った。
え?わかったと今教授は言ったのか?
わかったというのは、理解したということで……それで?
「話は終わりだ、持ち場に戻れ」
「はい!」
話は終わってしまったらしい。
釈然としないまま、ミヌは仕事を続けた。
嵐のような救急外来に戻れば、プライベートのことを考える時間は吹き飛ばされてしまう。
急患と入院患者に対応して、疲れきって泥のように眠る。
その隙間の時間に少しずつ考えたことをまとめると、教授の「わかった」の意味は自分の気持ちを見逃してくれるということなのではないだろうかということに思い至った。
それならとても有り難い。
今、この気持ちを取り上げられては、どうしても仕事に対する情熱に影響が出る。それを教授もわかって、認めてくれたということなのだろう。
「わかった、か」
ミヌはその言葉を噛み締めた。
そうして数日が過ぎたある日、外来受付の前だというのに、ユ・ガンジンが突然男性インターンのスケジュールを確認し始めた。
「また飲み会?」
「今度は合コンだって。ミヌ先生はどうする!?」
チャン・ヒョクチャンに聞かれ、ミヌは自分も巻き込まれていることを知った。
「えっ、いいよ俺は!」
ミヌは即答した。
「えー? なんで? 独り身だろ?彼女もいないだろ?」
「いいって。キム先生でも誘えば」
「えっ!?」
ガンジンはぎょっとして顔を歪める。
当のキム・ドヒョンとインヒョクが近くにいることに気づいた。
「合コンだと? よし、俺の予定言うからメモしろ」
「あっ、あっ、はい……」
ユ・ガンジンは泣きそうな顔をして、ミヌを睨みつけた。
ミヌは肩を竦めただけで、インヒョクに向かって駆け寄った。
「チェ教授。昨日のバイク事故の患者ですが、CRPが4,白血球15000」
「セフメタゾンを追加。明日には落ち着くと思うが」
「はい。それから、四番ベッドの」
「CT撮影後に血栓化している疑いもある。もう一度撮ってみよう」
「わかりました」
話しをしながらエレベーターホールの前までついてきたミヌを、インヒョクは立ち止まって見上げた。珍しく困惑しているように見えた。
「どうかしましたか?」
ミヌは尋ねた。
「3日で別れるのか。随分心変わりが早いな」
「えっ」
ミヌは言葉を失った。
「合コン行くんだろ」
「えっいや行かないですし、あの、別れるって、誰がですか?」
「私達だ」
「えっ!?!?!?」
冗談を言っているわけではなさそうなインヒョクの表情に、ミヌは声がひっくり返った。
「僕達、つきあってたんですか!?」
「おまえがそう言ったんだろう」
わけがわからない、というように教授はミヌを見た。
わけがわからないのは僕のほうだ!
叫び出したいのをこらえて、ミヌはインヒョクに向き合った。
ここでパニックに陥ったらダメだ。今がきっと肝心な時なのだ。
強張った表情で見つめるミヌに、教授は不安そうなぼんやりしたような目をしていた。
なんかもうよくわからなくて、とにかく力いっぱい抱きしめたくなった。
けれど両手を広げた瞬間に、「ここをどこだと思ってるんだ」とインヒョクが睨んだので、ミヌは真っ直ぐ手を下ろした。
2.ひとつおぼえ
緊急手術を終えて新しいスクラブと白衣に着替えた後、冷たい空気を吸いに外へ出た。すると植え込みの前に座り込んでいるインヒョクを見つけた。手術が終わったのだから自宅に戻って良いのだが、そのつもりはなさそうだ。
近づいていくミヌに気がついたが、インヒョクは何も言わなかった。
「お疲れ様です」
そう言って、ミヌは隣に座った。
上を見上げると、欠けた月が見える。流れの早い雲がかかっては過ぎ去っていく。ミヌはインヒョクと同じように雲の流れをじっと見ていたが、ふと零れ落ちるように言った。
「教授、好きです」
「知っている」
インヒョクはにべもなく答えた。
「教授は、僕のことどう思ってるんですか?」
一度確認しておきたいところだった。
インヒョクは照れくさそうにふっと微笑んで答える。
「嫌いだったらつきあわないだろう」
「えっあっじゃあ!僕のどこが好きですか!?」
自分でも鬱陶しい質問だと思いながら、聞いてしまった。
「…………ふむ」
インヒョクはじっとミヌを見据え、考え込んだ。
「顔、か?」
「顔!?」
思いもかけない答えに、ミヌはみるみる真っ赤になった。
今までの恋人にもあまり言われた覚えがない。
「えっ、僕そんなハンサムじゃ……えへ……」
ミヌはにやにやと自分の顔を手のひらで撫でる。
インヒョクはそれを無視して立ち上がった。
「あ、教授」
慌ててミヌも立ち上がり、ゴミを取るような振りをして顔を近づけ、頬に唇を掠めた。
「!」
インヒョクは一瞬驚いて身を竦めたが、何も言わなかった。
「戻ります!」
ミヌは満面の笑顔で宣言して立ち上がると、院内へ戻っていく。
インヒョクは苦笑してもう一度月を見上げた。
誰もいないところであればくっついても怒られないと判断したミヌは、緊急外科のオフィスにインヒョクが 一人だけしかいないとき、ドアに鍵をかけてから用心深く抱きしめた。
予想通り、インヒョクは何も咎めなかった。
両腕でぎゅっと包むと、教授は自動的に瞼を閉じるので、さらに言う。
「あの、キスしてもいいですか?」
勇気を出して聞いてみた。
じっと見つめられて背筋が冷えた。
しかし次の瞬間には、教授が首を傾けて唇を押し付けてきたので頭が真っ白になった。
やわらかい唇の感触を数秒味わっていたけれど、たまらなくなって強く吸った。
唇の端から端まで吸っては舐め、吸っては舐めて、ふやけるかと思うほどに繰り返してから舌を差し入れた。口の中を舐めまわした。
呼吸まで奪うようなキスに、インヒョクはミヌの胸を拳で軽く抑えた。
「……はっ」
それでもミヌは舌を放すことが出来ず、きつく絡めてまた吸うので白衣を掴んだ。
「んっ」
インヒョクは諦めたように、舌で応えた。
ミヌはいっそう調子に乗って舌を擦り合わせ、唾液を混ぜ合った。
音を上げたのはインヒョクのほうだった。掴んでいた白衣をぎゅうぎゅう引いたので、ようやくミヌは唇を離した。
けれど抱きしめた腕は離さない。
離し難いというように頬を擦り付けていて、注意されるまで離れなかった。
それから、隙を見つけてはミヌはキスばっかりしていた。
誰も来ない場所で二人きりになれば必ず。
どんな疲れも吹き飛ぶように甘く、ミヌは夢見心地だった。
二度目には余裕が出来て、ミヌは薄目を開けてキスしている最中のインヒョクの表情を盗み見た。
気持ちよさそうに顔の筋肉が緩んで、蕩けたようになっている。
唇を離した後は、潤んだ目を下に逸らすので、濡れて赤くなった唇にもう一度食らいつきたくなる。
頬を指でそっと撫でるとぴくりと固まってまぶたを震わせる。
普段ストイックなぶん、少しの快楽にも弱いのではないかと思えて、これ以上のことをしたらどうなってしまうのだろうかと想像するとどうにかなりそうだが、今はこうしていられるだけで満足だとミヌは自分に言い聞かせていた。
けれど、ある日唇を離した途端、インヒョクが尋ねた。
「イ・ミヌ」
「はい?」
「いい加減、飽きないか?」
「は? 全然! 飽きません!」
「そうか」
不満そうに見えた。
その理由をミヌは高速で考えた。
まさかと思い当たることがある。彼はいつもその「まさか」を選ぶ人なのだ。
「もしかして、次に進んでも……?」
「別に無理にすることじゃない」
「無理じゃないです!したいです!お願いします!」
ミヌは必死で食い下がった。
こんなふうに言わせてしまうなんて恋人失格だ!
「今夜はっ」
「当直だ」
「あっ、明日! 明日なら何もないですよね? 自宅に帰ってください!僕も夜お邪魔します!」
「わかった」
インヒョクは少し照れたように笑った。
その表情が頭に焼きついた。
「急患が入りませんように!今日だけは韓国中の、いや世界中の人々が一滴の血も流さず健やかな夜を過ごしますように!」
ぶつぶつ唱えていると、いつのまにか横に立っていたカン・ジェインがいぶかしげな目で見ていた。
「変な顔してるわよ?」
「緊張してるんだけだ」
「明日、何かあったかしら?」
ジェインは思い当たらなくて首を傾げたが、深く追求することはなかった。
3.夜の匂い
幸い、夕方以降に緊急患者が運び込まれることはなかったが、容態が急変した患者が重なり、忙しかった。
「忘れ物はないよな」
「ミヌ先生、お疲れ」
「お先に」
念入りにチェックして、当直のチャン・ヒョクチャンらに声をかけて病院を出た。
インヒョクの自宅に行くのは、告白した夜以来だ。
ドアの前で緊張して待っていると、中から声が響き、鍵は開いているから入れと言われた。
言われたとおり中へ上がりこみ、リビングのソファに寝転がっているインヒョクの姿を見つけた。
「お邪魔します。教授、ちゃんとごはん食べましたか?」
「帰ってすぐラーメン食べた」
インヒョクはのっそりと起き上がり、ソファの上のスペースを空けた。そこに座れということなのだろうと解釈して、ミヌは座った。
「おまえは?」
「あっ、僕はそれどころじゃないので」
答えにならない答えを返してしまい、気まずい沈黙が広がった。それを補完しようと、ミヌはたずねた。
「何を見ていたんですか?」
「テレビ」
テレビに目を向けると、ニュース番組が流れている。音量は聞こえないほど小さい。
ニュースはちょうど天気予報に切り替わり、明日は曇りのようだ。低気圧が近づいているらしい。
「…………」
何も 言わないインヒョクに対し、何を言って良いかわからないミヌは、そわそわと視線を彷徨わせていたが、意を決してインヒョクの肩に寄りかかった。
上半身を密着して頭を預け、くんくんと匂いを嗅ぐ。消毒薬やせっけんの匂いがする。それに混じる知らない匂いが、インヒョクのプライベートの匂いなのだろうと思うと嬉しくてすりすり肩口に鼻先をこすりつけるミヌに、インヒョクは困惑した。
「おい、待て」
押し付けられた額を手のひらでインヒョクは押し返した。
「するならベッドでしろ」
はっきりと指示されて、ミヌはホッとした。
「はい! します!」
勢い良く立ち上がる。そしてインヒョクの腕を掴むと、ぐいぐい引いて寝室へ連れて行く。
急に強引になったミヌに戸惑いつつも、インヒョクはようやく進展することに安心して、さっさと服を脱いで全裸になってベッドに上がった。
ミヌも慌てて服を脱ごうとしたが、やたら恥ずかしそうに、電気を消していいかどうか聞くので、許可をした。
「し、失礼します」
暗がりの中で今にも泣き出しそうな顔をして覆いかぶさったので、インヒョクは少し不安を覚えた。
予想以上に触れる手つきが壊れ物を扱うようなので、くすぐったさに身を捩る。
つい引き攣った呼吸を漏れたが、ミヌはとにかく繊細にそうっと触れる。
「……っ」
インヒョクが息を詰めたので、ミヌははっと手を離した。
「すみません! 痛かったですか!?」
「いや」
インヒョクは頭を上げてミヌを見た。
「いつも他人の体の扱いに慣れてるんだから力加減くらいわかるだろ?」
「あっ、はぁ、そうですね」
ミヌはしょんぼり眉を下げた。
「でも、好きな人は……あっ、僕、こんなに好きになったことがなくて、いつも打算てわけじゃないですけどどこかそういう……いえ、そんなことはどうでもよくて!」
言い訳にとりとめがなくなって、ミヌは大きく息を吸った。
「すみません!」
「どうでもいいから、もっとしっかりやれ」
「はい!」
そう言うと、ミヌはもっと大胆にインヒョクに触れ、さすったり揉んだりし始めた。
「あ、んっ」
しだいにインヒョクは鼻にかかった声を漏らす。
その反応を肯定と捉え、ミヌはさらに舌を這わせて体中くまなく舐め始めた。
舐めるだけじゃ足りず、肌の感触を味わうように甘咬みする。
「は、はっ、ぁっ」
恐れを捨てて情熱的になった愛撫にインヒョクは翻弄された。
下半身はとっくに勃起している。ミヌは腹に突きそうなくらいだ。
血走った目で、インヒョクのものに触れ、ゆっくりと触れた。
「挿れていいぞ」
「え、あ、はい!」
ミヌは準備よくローションやゴムも用意してきた。たっぷりとローションをつけた指を人肌まで温めて、後ろに這わせた。粘膜をやさしくなぞり、時間をかけて強張りを解く。
「う……」
インヒョクが焦れるほど時間をかけて指を中へ入れると、今度は的確に前立腺を探り当てる。
「うっ」
インヒョクの反応を見ながら、確信を持って指を動かす。
「……う、巧いじゃないか。馴れてるのか?」
「えっ!いいえ!?」
ミヌは驚いて即座に否定した。
「練習しました!」
満面の笑みでミヌが言ったので、教授は天井を仰いだ。
「そ、そうか……」
努力を認めて黙って身を任せることにした。
指でじゅうぶん中を撫で回し、ローションをたっぷり含ませてから、ミヌは指のかわりに自分のものを宛てがった。ゆっくりと慎重に挿れていく。甘い締め付けに顔つきを険しくしながら、根元まで埋め込んだ。
「全部入っ……」
ミヌは言葉を失う。
「どうした?」
圧迫感と熱い熱を感じながら、インヒョクは尋ねた。
「想像してたより、教授の中がすごくて……」
そう答えるミヌは顔をぐしゃっと崩したかと思うと、ぐすぐす泣き出した。
「…………」
呆れたインヒョクは思わず身じろぎした。その瞬間、ミヌは声にならない声を上げて叫んだ。
「!」
数秒、インヒョクは何が起きたのかわからずに固まっていると、ミヌはずるずると腰を引いてがっくりとうなだれた。
「…………」
射精してしまったのだった。
自体を把握したインヒョクは困って口を開いたが、適切な言葉が見つかる前にミヌは叫んだ。
「すみません!すみません!すぐに回復します!」
「回復……」
若いからそれは可能なのだろうが、気まずいことこの上ない空気に、インヒョクは咳払いをして、手を伸ばした。
「貸してみろ」
「あっ!」
インヒョクはミヌのそれからゴムを取ると、柔らかくなったそれを手で擦り始めた。
「あっ、あっ、だめです!」
ミヌが必死で抵抗しようとするもろくに力が入らずに喘ぐ。
その様子が面白くなって、インヒョクは悪戯心を出して背中を丸めた。
「あっ!?」
叫ぶミヌの先端に舌を這わせる。
「教授!? そんな!」
ためらいもなくインヒョクは亀頭をまるごと咥えて、口の中で舐め回した。
「はっ? あっ? あぁっ!」
みるみる固くなっていく感触とミヌの反応が面白くなって、さらに奥まで咥える。
器用に唇で扱き始めたが、ミヌがだんだん切羽詰まってだまりがちになってきたので、ここでもう一度イッては本末転倒だと気が付き、インヒョクは口を離して顔を上げた。
ミヌは黙ってインヒョクをベッドに寝かせると、膝を抱えて脚を広げさせた。
一度目より余裕があるかと思いきや、しゃべることも出来ないくらい切羽詰まっている。
「う、くっ」
もう一度挿入すると、今度はがむしゃらに腰を使った。
「あっ、あっ、教授! 教授っ!」
「う、んぁ……っ、あ……っ」
息もつけないくらい揺さぶられ、インヒョクは追い立てられるように射精した。
「教授、ぅっ」
それを見届けてから安心してミヌも再び射精した。
「はぁっ、は、はぁっ」
全力疾走の後よりも激しく息をついてミヌはインヒョクの胸の上にぐったりと身を任せた。
しばらく無言で余韻を味わっていたが、はっと我に返り、腕をついて身体を起こした。
「教授!」
「なんだ?」
「これからもっと練習します!」
「…………あぁ、いや、そこそこでいい」
あんまり上達されても困るので、インヒョクはそう答え、不安そうなミヌの湿った髪を撫でた。
年下の恋人は真っ直ぐで時々驚かされる。
「疲れた、寝よう」
面倒になってインヒョクは横になった。
ミヌは甲斐甲斐しく周囲の後始末を済ませると、ミヌの背中を向いて横になった。
ぎゅっと密着してしがみついて目を閉じた。
二人共、仕事の後とはまた違う、心地良い疲れに目を閉じた。
4.エヴァ-アフタ-
研修期間にインヒョクの自宅に運びこんだ荷物は、ソウルへ向かう時、そのままあずけて来た。
戻ってくるつもりだから、と言うと、インヒョクは困った表情で、しかし了承してくれた。
本当にたまに、休みが取れる度に、釜山を訪れた。
インヒョクはいつもと変わらぬ顔で、時間のある限り、ミヌと一緒に過ごした。
自宅にいる間のインヒョクは、医学書や論文を読んでいることが多い。内容に集中すると、ソファに無意識に寝転がる。
その時、ミヌが隣に座っていたとしても、すっかり忘れて、クッション代わりに扱う。ミヌの膝を枕にして仰向けになることもあれば、腹の下にしてうつぶせになることもある。
その日も、インヒョクはミヌの膝を枕にして医学書を読んでいた。
ミヌはコーヒーを飲みながらテレビを見ていたのだが、姿勢を崩さないようにそうっとテーブルの上にカップを置いた。かわりにテレビのリモコンを取って音量を下げる。
多少の動きではインヒョクは気がつかない。
完全にミヌの存在を忘れている。
けれど、ミヌは何もせずにインヒョクの重みを感じているだけで幸せだった。
わずかな時間をふたりきりで過ごせることが、ソウルでの喧騒を思うとまるで夢みたいだ。
患者に対峙しているときの毅然としたインヒョクも好きだが、リラックスしてぼんやりしている時のインヒョクも愛しい。
ふと、キスしたくなる衝動を抑えて、じんわりとした幸せを噛みしめるのだった。
☆ ☆ ☆
経ってみれば、四年間はあっという間だった。
時々送ってくる葉書を見れば、がんばっていることは知れたので心配はしていなかったが、約束通りセジュン病院へ戻ってくるという連絡をくれた時は、嬉しい驚きだった。
面接のために釜山へやってきたミヌは、髪を黒く戻していたくらいで以前と変わらない、気の抜けた炭酸のような笑顔を浮かべていた。
見かけも言動もあまりに時間の経過を感じさせないのでインヒョクはすっかり昔と同じつもりでいたが、一緒に働きはじめると、じゅうぶんに仕事を任せられる彼の経験にハッとし、ふとしたときに横顔にドキッとすることがある。
昔、顔が好みだと言ったことがあったが、あれは考えがまとまらなくて咄嗟に答えたことだった。しかし本人がその答えを気に入っているようだったので、聞かれることがあればそう答えている。
出会ってから年月が経ち、世間的にはもう若いとも言えない年齢だろうが、インヒョクから見れば年齢差が縮まることもなく、自分が年齢を実感することに比べて若々しく見える。それに加えて、頼もしさが加わった。
顔だけでなく、彼の好ましさは増すばかりで、うっかり見とれることもある。
「ミヌ先生ってぇ、結婚しないんですかね?」
インヒョクの胸の内を見透かすように、いつのまにか背後に立っていたソン・ギョンファが、ウナに向かって尋ねた。
「えっ、さぁ」
ウナは困って微笑んだ。
「気になるのか?」
珍しくインヒョクが口を挟んだので、二人は驚いて振り向いた。
ギョンファはごまかすように笑いを浮かべる。
「あらやだ私じゃないですよぉ。実は、外科のインターンでミヌ先生のファンの子がいるんですぅ」
彼女は自分が当事者じゃないせいか、率直に尋ねる。
「恋人もいないんですか? いますよねぇ、さすがに」
「さぁ、本人に聞け」
インヒョクはそっけなく答えた。
「それもそうですね」
彼女は納得したようだった。
「あれは?」
大家族が病院のロビーをウロウロしていたので、インヒョクは尋ねた。
「あ、あれはテキョンちゃんのご家族です」
ウナは答えた。クレーンの下敷きになって運び込まれ、長く入院していた5歳の女の子がとうとう退院を迎える日だった。病院を出る準備を終えた女の子は、彼女より先に挨拶に来たミヌを見つけると駆け寄って来た。
「せんせー!」
すっかり顔色の良くなった彼女を見て、ミヌは足を留める。
「あぁ、テキョンちゃん。退院おめでとう」
「あのね、ミヌ先生。お願いがあります」
「お、なんだ?」
「わたしね、せんせいのおよめさんになりたいです。およめさんにしてください!」
意外な申し出に、ミヌは目を丸くした。
少し考えると、きっぱりと告げる。
「うーん、他に好きな人がいるからごめんね」
女の子は途端に目に涙を溜めた。
慌ててギョンファがミヌを小声で叱りつける。
「ちょっとイ・ミヌ先生! 子供相手に何言ってんですか! 大きくなってからとかなんとか適当なことを言っておけばいいのに」
しかしミヌは真剣な顔で首を横に振ると、女の子の前にしゃがみこんだ。
「ごめんね。でも、好きな人が大事だから嘘つきたくないんだ。テキョンにはもっとふさわしい人にこれから会えるよ」
そう言って女の子を慰めた。
家族に釣れられて退院していく後ろ姿を見送った後、ミヌはインヒョクのところへやって来た。
「これからお昼ですか? 一緒にしてもいいですか?」
「あぁ」
何か言いたそうにしているインヒョクを不思議に思い、ミヌは尋ねた。
「どうしました?」
「何でもない」
「そうですか? でも……」
顔が赤いので熱があるんじゃないかと心配してしつこくミヌが尋ねたので、インヒョクは誤魔化しきるまで辟易した。
5.誰のものでも
恋人同士になれたからといって、ミヌの中でインヒョクに対しての不安がなくなったわけではない。
むしろ、以前より重く、深くなっていた。
仕事以外の顔を知れば知るほど、その魅力に翻弄される。
この人が今まで独り身でいたことが奇跡のように思えた。
削るような献身と、真っ直ぐなゆえの孤独さを抱えた彼が、打ち解けた時に見せる表情はミヌの胸をいっそう熱くさせた。ただで さえ、なにもないときでも吸い付きたく成るような口元や潤んだ目を見たら、女でも、男でも、逆らえないほどの引力を感じるだ ろう。
しかし当のインヒョクが自身の魅力に無頓着で、人付き合いもそこそこに職務に邁進していたおかげなのだ。
油断すると、本当に無事で済んでいたのか、と疑う気持ちも湧いてくる。
どんなにテクノロジーが発達しても、目に見えない恋愛に肉体は翻弄されるのだとミヌは、教授の家で論文を読みながら思いを馳 せていた。
今日、インヒョクはまだ帰宅していない。
朝からソウル大出身で海雲台病院と縁があり、現在は米国TMCにいる研究者が見学に来ていた。夜になると教授たちを誘い、食 事に連れだった。ふだんはそういった場にあまり行くことのないインヒョクだったが、今回は断れなかったようだ。
アルコールが入ると、普段の無防備さに輪をかけて危なっかしくなる人だから、とミヌは心配は募る。
当人よりも、まわりの人間がそれを機につけこみそうで。
そういう不安になるのも、自分だって今まで下心があったからだ。
もちろん今も。
「……だめだ」
無理にでも外傷センターに残っているのだったと後悔した。
シフトを交代して、素直に帰り、教授の家に来てしまった。
この家の合鍵をインヒョクがミヌに与えたのは、単純にそのほうが彼にとって楽だからなのだろう。
けれどもミヌはじゅうぶん嬉しくて、休憩時間に鍵を見てはニヤニヤしてしまうこともあった。
念のため携帯電話にテキストは送っておいてから、先に家に入って待っていた。
部屋を温め、湯を沸かし、ベッドメイキングをして、帰ってきたらすぐ休めるようにしてある。
遅い時間に疲れて帰ってきているのに構ってもらうほど厚かましくない。
ただ無事に帰ってくるのを見届けたいだけだ。許されるなら隣で寝かせて欲しい。
しかし終電がなくなる時間になってもインヒョクは帰ってこない。
もはや目が滑って頭にはいらない論文を片手に持ったミヌは、蛍光灯の下でうろうろと歩きまわっていた。
不意に外で車の近づく音がして、玄関のほうでガチャガチャと音がした。
「教授、おかえりなさい!」
ミヌはドアを開けて入ってきたインヒョクの目の前に勢い良く躍り出た。
「わっ?」
「僕です。イ・ミヌです。言ったでしょう?待ってますって」
「あぁそうだったか」
赤い顔で、インヒョクはぼそぼそと答える。
「大丈夫ですか? お水飲んで・・・・・・あっ」
ミヌが甲斐甲斐しく世話を焼いて部屋まで連れて行ったが、インヒョクは急によろけたかと思うと足元にしゃがみこんだ。
「大丈夫ですか!?」
慌てて身をかがめたミヌの太ももを、インヒョクは両手で掴んだ。
「わっ、教授!?」
予想のつかない動きに遅れをとっていると、インヒョクは座った目でミヌのベルトをはずしにかかる。
「な、何して……!」
ミヌは思わず悲鳴を上げた。
インヒョクは黙々とミヌのベルトをはずし、ジッパーをボタンをはずし、下着ごとズボンを引きずり下ろした。
「えっ?あ!だめです。だめだって!あ!」
止めるのも聞かず、インヒョクはミヌのそれをためらいもなく加えた。
「えぇぇーーー」
叫ぶミヌをうるさいと言わんばかりに難しい顔をして、舌を絡みつかせる。
裏筋を舌全体で撫で上げ、仮首に巻き付かれ、ミヌのそれはみるみる固くなりすぐに悲鳴を上げることも出来なくなってしまった。
「あ、あっ」
引き剥がそうとした両手はインヒョクの頭を抱えるだけで力が入らない。
それほど、玄人じみた舌遣いだ。
唾液をたっぷり絡ませて、頬の肉を擦りつけるように吸い上げる。
「ふ、ぅ」
今まで何度もしてもらったことはあるが、こんなに積極的で、技巧的なのは初めてだった。
こ、これが、教授の本気!?
ミヌは立っているので精一杯だ。
「な、んで、こんな」
酒が入って、人恋しくなったのだろうか。
そういう時は確かに、ある。
やっぱり待っていてよかった。教授がここまで戻ってきてくれてよかった。
酒の席にいた誰かか、行きずりの誰かに温もりを求めないでくれて本当に良かったと思い至り、安心するのも束の間、じゅぷじゅ ぷと水音をたてて唇で扱かれ、喉の奥まで飲み込まれたので、ミヌは喉を逸らした。
「うっ」
今にもイッてしまいそうで、目の前がだんだん白くなっていく。
「あ、でも、だ、だめ。あっ!」
耐えようとしたが、インヒョクが喉の奥で締め上げたので、目の前が真っ白に始めた。
「~~~~~~っ!!!」
射精する間もインヒョクは口から離さずに、最後の一滴まで吸われ、ミヌはへなへなと力が抜けて座り込んだ。
はぁはぁと息をついて呆然としていたミヌは、満足げに歯に挟まった陰毛を指で取るインヒョクの表情を見てハッとする。
いくらなんでも巧すぎる。
慣れてる!絶対慣れてる!
頭に浮かばないいでもなかったが、必死で振り払ってきた疑いが分厚い雨雲のように頭上を覆う。
初めての男なら良かった、とまではいかないけど、やっぱり悔しい。
「教授……」
情けない声で呻くミヌを、インヒョクはまだ酔いの冷めやらぬ微笑みを浮かべている。
「教授!」
ミヌは涙を浮かべながらインヒョクに襲いかかった。
「はっ!?」
人をこんなに翻弄しておいてきょとんとした顔のインヒョクを引きちぎるように脱がす。
赤く染まった素肌の胸元を見ると、放出したばかりの欲が再びこみ上げてくる。
しかし押し倒した背中が痛そうだという理性くらいは残っていた。
腕を引いて抱き起こすと、膝の上に座らせる。
思ったより重くなく、インヒョクはうっとりと目を細めて背中に手を回してきた。
本当に人肌寂しいんだな……。
ミヌは悔しさを紛らわせるように、インヒョクの下唇を強く吸った。それから顎や頬を甘咬みする。
胸や腹に手のひらを這わせていたけれど、それくらいじゃインヒョクは物足りなくなったようで、しきりに腰を押し付けてきた。
さっきミヌのものを咥えていた間に半勃ちになっていたらしい。下着の中に手を突っ込もうとする。
それに気づいたミヌは先に下着の中からインヒョクのものを取り出した。同じくらいの硬さの自分のものと重ねあわせる。
「あっ、はっ」
熱い粘膜が直接触れ合う感覚に、インヒョクは目を閉じた。
きついくらい握って扱きながらも、インヒョクはむずむずとまだ何か欲しがっている。
「こっちだけじゃ足りないんですか?」
「ん……っ」
答えるかわりに、インヒョクは自分で後ろに手を回し、いじり始めた。
ミヌは舌打ちする。
おまえじゃ物足りないと言われたようで。
「あぁ、だったらさっさと入れられるようにしてよ」
普段だったら絶対にしないような乱暴な口の聞き方をした。
しかしインヒョクの耳には届いていないようで、夢中で快楽を貪っている。
カッとなったミヌは、その手を制し、インヒョクの腰を抱き上げると、下から自分のものを突き入れた。
一番太いところが引っかかったが力を入れずとも体重がかかるせいで自然に収まった。
「う、あっ」
インヒョクは肩につかまっているが、いつもより深く挿入されるのだろう。
「お、おくっ、ぅっ」
根元まで届くやいなや、猥らに腰をくねらせ始めた。
「うっ、あっ、いぃっ」
中のうねるような動きにミヌは再び気が遠くなる。
「教授、教授っ」
それでも必死で言った。
「名前、呼んでください」
「えっ?」
「ねぇ、あなたの中にいるのは誰ですか?」
「あ……」
教授は驚いたようにミヌを見た。
「イ・ミヌ……っ」
今更恥ずかしそうに動揺し、全身を竦ませる。
「僕だけ見て、教授、お願いだから」
中からも動揺が伝わってくる。
びくびくと痙攣して締め付けて、イク寸前だ。
「うぅ、ミヌっ、いぃっ、ミヌ、あーっ」
ミヌも搾り取られるように限界を感じたので、いっそう下から深く抉る。
そして、
「チェ・インヒョク、愛してます」
耳元で囁いた瞬間、インヒョクは声もなく震えて果てながら、ミヌにしがみついていた。
☆ ☆ ☆
あれだけ準備しておいたのに、朝、彼らは寝室どころか床の上で目が覚めた。
冷えきった空気と床の感触に、隣でインヒョクが低く呻いた。
「う、いたっ」
そう言って抑えたのは肩甲骨だった。
ミヌも床に当たっていたあちこちが痛む。
目だけ開いてまだぼうっとしていると、先に起き上がったインヒョクが大声を上げた。
「おい、イ・ミヌ! なんでこんなところで寝てるんだ! おまえも酔ってたのか!? ひとの家で待っておいて飲んでるなんて
ひどい奴だ!」
「……覚えてないんですか?」
理不尽に叱られてミヌは慌てて起き上がった。
悲壮な表情をしているミヌに、インヒョクは戸惑う。
「うん? 何かあったのか?」
「いえ……」
数時間前までの猥らな表情が消え去り、すっきりと無邪気なインヒョクの大きな目で見つめられ、言い訳をする気も失せたミヌは がっくりと肩を落としたのだった。
おしまい