あんまん記念日

 大変なことが起きた。
 ハン理事が行方不明になったのだ。
 さっきまでリビングのソファでくつろいでらしたのに。
 我々大勢で邸の中をどこを探しても姿が見当たらない。
「まさか、また、誘拐……?」
 一瞬目を離した隙に、邸の外に連れ出されてしまったのか?
 我々はパニックに陥った。
「CCTVをくまなくチェックしろ!」
 わたしは指示を出したが、CCTVの記録にハン理事の姿は写っていなかった。
 どういうことだ……?
 落ち着け、落ち着け。
 どこかに盲点があるはずだ。
 最後にハン理事を見た時の記憶を思い出せ。
 リビングにいたハン理事は、時計をちらりと見て、立ち上がった。
 わたしはてっきりトイレに行くのだと思って、目で追わなかったが、確かに部屋を出ていった。
 きっとまだこの邸の中にいるのでは?
 でも各部屋をくまなく捜索した。
 確認していない部屋はどこだ。
「邸の間取り図を持って来てくれ!」
 同僚に伝えると、彼はすぐに用意してきた。
 テーブルの上に広げて、それをじっと見下ろす。

「あ、あった!」

 わたしはその部屋を指さした。
 同僚たちがそれを覗き込む。
「まさか……」
「そんな」
 みんな半信半疑だったが、急いでその部屋に直行した。

 その部屋とは、キッチンの一角にある巨大な冷凍室だった。

 シルバーの重い扉の前に我々は駆けつけた。
「外側からしか開かない鍵がかかっている。やはり……」
 わたしは鍵を開け、扉を開いた。
「ハン理事! いらっしゃいますか?」

「……ここだ!」

 すぐに返事が返ってきた。
「ハン理事! ご無事ですか!?」
 叫ぶと、暗闇の中で身を震わせるハン理事が目の前に立っていた。
「無事じゃない……死ぬかと思った。寒くて……」
 真っ青な顔色をしてわたしの腕の中に倒れ込んだ。
 わたしは急いで理事を冷凍室の外に連れ出して、同僚に向かって叫んだ。
「風呂の用意を!」
 わたしはハン理事を抱きかかえて、浴室まで連れて行った。
 思い切って、服を着せたまま、冷え切った身体を浴槽の湯の中に入れた。
 急に熱い湯に触れた反動で、ハン理事はぶるっと全身で身震いする。
「おかわいそうに……どれだけ心細かったか……」
 わたしは人払いをして、浴槽の横から手を伸ばし、理事の服を湯の中で脱がせ始めた。
 濡れた服を剥ぎ取るのは難しかったが、そうでもしていないとハン理事はとろんと眠ってしまいそうになっていて、無理やり動かしているくらいがちょうど良かった。
「理事、寝てはだめですよ。起きていてください」
「ん……わかった……」
 そうは言っても、ハン理事はうとうとしていた。
 わたしはハン理事が湯の中に沈んでしまわないように、腕で支えていた。
 しばらくたって、ハン理事の頬が薔薇色に色づいたのを見計らって、抱き上げた。
 もうわたしのスーツはぐしょぐしょに濡れていたが、気にならなかった。
「ハン理事、お加減はいかがですか?」
 タオルで身体を包みながら尋ねると、ハン理事はつぶやく。
「寒い……」
 身体の芯が冷えきってしまったのだろう。おいたわしい。
 病院に連れて行こうと考えていたところ、ハン理事はわたしの首に腕を回して言った。
「おまえの身体であたためてくれ」
 夢を見るような、とろんとした顔つきで言われて、わたしは動揺した。
「一度病院へ行ったほうが……」
「いいから」
「でも」
「俺の命令が聞けないのか? ……凍えそうなんだ」
「ハン理事!」
 わたしはたまらなくなってハン理事の身体を掻き抱いた。
 そのまま隣につながる寝室まで連れていき、ベッドの上に横たえる。そして自分の着ている服をすべて脱いで、裸でハン理事を抱きしめた。
「あぁ、あったかい」
 ハン理事は全身でしがみついてくる。
 わたしはハン理事をなだめるように頭を撫で、頬を撫で、くちづけをした。
 口腔内で熱を共有し合うように、貪った。
 ハン理事の姿が消えた時のぞっとした感覚を思い出して、こうして触れ合えることに喜びを覚える。
「ん……♡ はぁ……♡」
 吐息を漏らすハン理事が心から愛しい。
「もっと……熱いの、くれ……♡」
 ハン理事はわたしのデカマラを手で握って言った。
「どうしたいですか?」
 わたしが聞くと、ハン理事は恥ずかしそうに俯いて小さな声を出した。
「…………たい」
「え?」
「……な、舐めたい」
 耳まで真っ赤になってしまった。
 大胆な行動をするくせに、こういうときにうぶな理事にキュンとときめいてしまう。
 わたしは姿勢を変えてデカマラを差し出した。
「どうぞ、好きにしてください」
「あぁ……熱い。火傷しそうだ」
 ハン理事はそう言ってわたしのデカマラにしゃぶりついた。
  バキバキに勃起しているデカマラのてっぺんの部分を何度かしゃぶり、口の中で味わう。それから喉の奥まで一気に咥えこんで、唇と舌を使って絞り上げる。
「うぅっ」
 すごいテクニックにわたしのデカマラはすぐに爆発してしまいそうだ。
「……ん♡ ……んぐ♡」
 可愛い声をだして、えぐい舌技を披露するハン理事にわたしはメロメロだった。
「も、もう出してもかまいませんか?」
「……んん♡ 熱いマグマを出してくれ♡」
 お許しをいただいて、わたしはもう少しだけ耐えた後、我慢しきれずにハン理事の喉の奥に思い切り射精した。
「んぐぅっ♡ げほっ、けほっ」
 即座にほとんど飲み下したハン理事だったが、その衝撃にむせて咳き込んだ。
「大丈夫ですか?」
「ん♡ 見てみろ、こんなに濃いぞ。溜まってたのか?」
 ハン理事は口の中の粘り気を指で掬って見せた。
「さ、最近、ハン理事がお忙しかったから……」
「そうか、おれのせいだな」
 まんざらでもなさそうに言って、ハン理事はわたしのデカマラを手で弄ぶ。一度射精したというのに、まだ萎えていない。弾力のあるそれを玩具にするように撫でてから、ハン理事は脚を広げた。
「今度は、身体の中からあたためてくれ」
「まだ寒いですか?」
「凍えて死にそうだ」
「それは大変です。すぐに挿れてさしあげます」
 わたしは灼熱のデカマラをローションで濡らしたハン理事の後ろの穴に充てがった。
 押し広げるようにしながら雁首をねじこむときに、ハン理事は苦しそうに身体を強張らせる。
「あ♡ 平気だ♡ から♡ 早く、挿れろ♡」
「はい」
 強がるハン理事のお言葉に甘えて、そのまま挿れていく。
 根元までは大きすぎて入らないのだが、ハン理事の奥を突くところまで挿れる。
「あっ♡ 奥♡ 来たぁ♡」
「はい、ハン理事に火をつけにきましたよ」
「うれし♡ あぁっ♡ 動いて♡」
「はい」
 わたしはゆっくり抜き差しを開始して、その甘美な快感にしだいに酔って、遮二無二腰を動かすようになる。
「あぁぁっ♡ 激しっ♡ はぁん♡ いぃっ♡ もっと♡ あぁんっ♡」
 ハン理事はわたしにしがみついて、リズムを合わせるように腰を揺らした。
 そうすると二人の調和が合って、最高潮に気持ちが良い。
「あぁんんっ♡ すごつ♡ 熱いっ♡ 燃えるようだっ♡」
「わたしもですっ。二人で、燃え尽きましょう……!」
 汗をかいて、真っ赤な顔であえぐハン理事は、もう寒くはないようだった。
 わたしも全身が燃えるように熱かった。
 燃え盛る炎のように腰を動かした。
「あぁぁーっ♡ イクっ♡ イカせて、くれっ♡ もうっ♡」
「いいですよ、思い切り、イッてください」
「あぅっ♡ うぅ――――っ♡♡♡ あぁぁ――――♡♡♡」
 ハン理事は叫んで絶頂に達した。
 わたしはハン理事を包み込むように抱きしめて、身体の中のマグマを解き放った。

 ベッドの上で、うっとりと天井を見つめているハン理事に、わたしは隣からずっと気になっていたことを尋ねた。
「それにしても、どうして冷凍室に入られたんですか?」
「ん? それはもちろん、料理を作ろうと思ったからだ」
 その返答を聞いて、わたしの頭の中は真っ白になった。
「料理????? ハン理事が?????」
 わたしの態度にハン理事はむっとして、頬を膨らませた。
「別に俺が料理を作ったっていいだろう?」
「も、もちろんですが、必要がないですし、今までそんなご興味も……」
「興味はある!」
 理事は言い張った。そしてぼそぼそと付け加える。
「好きな相手の手料理というのはうまいものなんだろう? だから、おまえの好きな相手であるところの俺が、作ってやったら、ものすごくうまいはずだと思ったんだ」
 その難解な言い回しを理解するのに数秒時間がかかった。
「つまり、理事はわたしのために手料理を作ろうと……?」
「そ、そうだ。悪いか!」
「とんでもない。最高です!」
 わたしはあらためて、ハン理事を抱きしめた。
「じゃあ、もっと元気になったら、わたしに手料理を振る舞ってください」
 そう言うと、ハン理事は自信たっぷりにふふんと笑った。

 後日、ハン理事はわたしをダイニングに招いてくださった。
 いつもいる料理人はどこかへ追いやって、まったくの一人で手料理を振る舞うつもりだ。
 いざ、この機会がくると、わたしはとてつもなく緊張してきた。
 なにしろハン理事はわたしの知る限り、包丁を握ったことがない。
 果たして無事に料理を完成させることができるのか、不安になってきていた。
 いつでも救急車を呼べるようにしたほうが良いだろうか。
 そんなことを考えていると、ハン理事はエプロンを腰に巻いてキッチンの前に立った。
「あの、何を作られるんでしょうか。メニューは」
「知りたいか? そんな難しいものは作れないからな。簡単なペペロンチーノだ」
「ペペロンチーノ!」
 確かにスパゲティは茹でるだけだし、ペペロンチーノならシンプルだ。
「まぁ楽しみに待っていろ」
 そう言って、食材を水で洗い出した。
 良かった。食材を洗剤で洗うほどのレベルではないようだ。わたしはほっと胸を撫で下ろした。
 そして、包丁を持つ手つきをドキドキしながら見ていると……あれ……?
 意外なことに、そんなに悪くない。指を切り落とすこともなさそうだ。
 続いて、フライパンで具を炒めるのも、パスタを茹でるのも、危なげなくやってのけた。
(ハン理事、天才なのでは……?)
 感動すらしてると、きれいに盛り付けられた皿が目の前のテーブルに置かれた。
「出来たぞ!」
「わぁ……ぁ?」
 わたしは目を疑った。
 ペペロンチーノ?????
 ペペロンチーノってこんなに赤かっただろうか?????
 真っ赤に染まったパスタをじっと見つめるわたしに、ハン理事は得意げな顔をする。
「遠慮なく食え!」
「あっはい」
 わたしは再びドキドキしながらフォークを握った。
「いただきます!」
 覚悟して一口目を食べる。
「!!!!!」
 辛い。飛び上がるほど辛い。
 平均的な韓国人の舌を持つわたしが、たえがたいほど辛いというのは、どれだけ唐辛子を入れてあるのか。
「み、水を……ください……」
「水が欲しいのか? なんだ? うまくないか?」
「美味しいです。美味しすぎます。それとは別に暑いので水を……」
「なんだそうか。水なら持ってきてやろう。エアコンも入れるか?」
 ハン理事は上機嫌でコップに水を汲んで持ってきてくれた。
 不思議なことに、辛いものは水を口に含むと余計辛く感じる。
 わたしは水を一杯飲んで、もう一度覚悟を決めた。
 ハン理事に毒を飲めと言われたなら黙って飲むだろう。
 それならば、激辛ペペロンチーノも耐えられる!
 山盛りの真っ赤なパスタを睨みつけて、わたしは深呼吸した。
 一気に口の中に掻き込む。
「おぉ、すごい食欲だな」
「はい!」
「そんなに美味いか?」
「美味しいです!!!!!」
 ハン理事は悦に入った様子で、全身から汗を吹き出しながら食べるわたしを見つめていた。
 あっという間に完食したわたしに満足して、エプロンを外す。
「そうか、そうか。そんなに美味かったか」
「はい! ありがとうございます! もうこの世に思い残すことはございません!」
「大げさだな。こんなものならいつでも作ってやるぞ」
「ありがとうございます!!!」
 比喩でなく、わたしは涙を流して礼を繰り返した。
 何とか完食した後も激しい胃痛が襲ってきて、その日は勤務を早退し、数日間寝込む羽目になった。

 ということが先月あった。
 今無事に生きていることが奇跡と思えるような出来事だった。
 しかし、ハン理事の気持ちは嬉しかった。
 手料理をわざわざ作ってくれるなんて、自分はなんて幸せな男だと思えた。
 対等ではない立場上、全身全霊を尽くして仕えるのがわたしからの気持ちになるが、今回のことは特別にお礼をしたいと考えていた。
 かといって、何でも手に入れているハン理事に差し上げるものなど思いつかない。
 なにか良いものはないだろうかと考えていた。
 そんなある日のことだった。

 車の後部座席で、これから向かう理事会の打ち合わせをしていた。
 わたしが資料の説明をしていたのだが、ハン理事は話に身が入らないようで、窓から外に視線が向いていた。
 困ったな、と思っていると、信号待ちの間にハン理事は言う。
「あの子は何を食べているのだ?」
「え?」
 見れば、コンビニの前で女子高生が数人集まって、肉まんだかあんまんだかを食べている。女の子は甘いものが好きだから、あんまんだろうか。
「すごく美味しそうだ。あれは何だ?」
「えっ、あんまんですよ。ご存知ありませんか?」
 思わず言ってしまったが、ハン理事は眉をひそめた。
「肉まんなら香港の飲茶で食べたことがある。あれを道端で食べるのか?」
「あー、そういう高級なやつとは違うかも……」
 わたしはふと思いついた。
「ハン理事、少々お待ち下さい」
 そう言って、運転手に車を路肩に止めさせた。
 ドアを開けて通りに出て、女子高生たちのいるコンビニまで走る。
 そしてあんまんを買って車まで戻ってきた。
「ハン理事! どうぞ! 召し上がってください」
「いいのか?」
 ハン理事は目を輝かせてわたしを見た。
 ほかほかに湯気を立てているあんまんを両手で受け取って、おそるおそるかぶりついた。
「う、美味い! これは初めて食べる味だ」
「そうでしょう? 庶民の味ですからね」
「庶民はこんな美味いものを食べているのか?」
 嬉しそうにあんまんを頬張るハン理事は、思いの外かわいい。
「寒い季節に食べる時ほど、幸せなことはありませんね」
 わたしが言うと、理事は小さな口であんまんを咀嚼しながら言う。
「確かに、幸せだ」
 良かった。これで手料理のお礼が出来た。
 にこにこ食べているハン理事の横で、わたしもじーんと幸せを噛み締めた。

おしまい

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